LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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疲労困憊とユンケル

lion

疲れているのである・・・。
父の看病で、一日中アレコレして、階段を昇ったり降りたり、ほんとうにグッタリである。
母はなんともないと言うので、わたしがやはり病気ゆえのしんどさがあるんだろうか。
思いついて、ユンケルを台所の奥から探してくる。

しかし、これが力が出なくて開かないのだ。
力を出すための飲み物の蓋が開かないって、どういう本末転倒?
結局、情けないことに母に開けてもらった。
彼女は、力自慢なのだ。

「ゆみさん、しんどそうって思ってたわ。身体がちょっと・・・」と母は言う。
やっぱり見ていてわかるんだな。
今日は診察日だけど、クリニックまで行くのがだるい。
でも、H主治医に話すのは、精神的に楽になるので、頑張って行ってこよう。

そして今日はまた、実家にわたしと入れ替わりで、妹が来ることになっている。
わたしは、自分のマンションで一泊一休みということになる。
ちょっと休憩ができるな・・・。
放送大学と「どうぶつの森・ポケットキャンプ」で、疲れを癒そう。

父に、「ゆきさん(妹)が来るよ」と言ったら、彼は「みんなに迷惑かけて、悪いのお・・・」と小さく枯れた声で言った。
わたしは不意を突かれて、「いや、近くにいるから」と答えた。
そして、父は最初ホスピスに行きたいと言っていたが、これでよかったのかなと思った。
彼自身は満足しているんだろうか。
やっぱり家でよかったって、思ってくれているのかな。

さて、父の死も秒読み体制に入っている感じだが、わたしは喪服その他を、マンションから実家へ運ぶ手間などを考えて、フラーッとなっている。
看病で疲れ切った身体で、果たして動けるんだろうか・・・。
葬式って、悲しみよりもバタバタの方が先だって、ほんとうなんだろうな。
それまでに、ユンケルを大量に用意しとかなきゃな・・・。

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差し迫るX-Day

choshinki

今朝は、またドタバタだった。
わたしと母が朝食を終えたあと、父が母を呼ぶので二人して行ったところ、もう意識がないのだ。

わたしと母は、「しんどいの?!」と尋ねたが、口をやや動かすだけで、応答はなかった。
母がすぐに訪問看護へ電話し、わたしが父を見守っていた。
父の呼吸はいつになく荒くて、ハーハーといかにも苦しそうだった。
明らかに、これまでになかった症状だ。

看護師さんが来るまでの20分間ほど、わたしと母は父の様子を伺っていた。
「何か言うてるわ」
「痛いのかな。なんか嫌がってるみたい」
「足やわ。足組んでるから、外したいねん」

そんなふうにして看護師さんが到着したとき、父の容態は、ちょっとましになっていた。
看護師さんは、血圧や脈拍をみたあとで、わたしたちを別室に呼んで話をした。
「もう、いつこのまま亡くなってもおかしくないですよ」
「えっ、そうなんですか」
「あのまま、眠るように亡くなる方もいますし、100mを走ったあとみたいにハーハーしながら亡くなる人もいます」

わたしは、父が苦しい思いをしないようにとだけ考えて、看護師さんに尋ねた。
「常に、酸素を吸わせるとかってダメなんですか」
「それは、肺なんかの方でですね。いまの状態を見てたら、その必要はないですよ」
「SPO2(動脈血酸素飽和度)を測って、苦しそうなときはなんとかするとか・・・」
「ご家庭に配ることもありますけどね。いま95とかですから、大丈夫です」

ともかく、看護師さんの言っていることに従う方が、何もかもうまくいくのだ。
わたしは、このまま様子をみるしかないんだろうなと、ぼんやり思った。

その後、母が「ちょっといい?」とわたしの部屋に入ってきて、「こんなこと言うの、縁起でもないんやけど」と切り出した。
「ばあちゃんのときのこと、思い出してな。死んだら服着せなあかんねん。どれがいいかと思ってな」
わたしと母は、あれこれと父の服を選びだし、結局、黒の背広と白のシャツという、無難な感じにおさまった。
母は、「覚悟はしてたけど、いざってなるとどうしようって思うわ・・・」とガックリしていた。
わたしはわたしで、葬儀ってどう動けばわからないし、困ったなあと思っていた。

看護師さんに、「いつまでくらいですか?」と尋ねたら、「そればかりは、誰にもわかりません」と断言した。
いつまでなんだろう・・・。父は、楽して死にたいと言っていたから、あまり長びなない方がいいのかな・・・。
差し迫るX-Dayに、どんどん心が沈むのである。

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深夜の介護

okidokei
疲れた・・・。
昨夜は遅く、父の看病で二回起きた。
一回目は嘔吐で、二回目はトイレ・着替えである。

この程度で、しんどいとか言っているのは甘いんだろうけど、この調子で年明けまで頑張れるのかと不安にも思う。
これからもっと、要介護度は上がっていくんだろうし・・。

「ヘルパーさん、呼ばなあかんな」
「そうやな、素人の介護ばかりやと疲れるよな」
わたしと母は同意した。
しかし、深夜の介護だけは、さすがにヘルパーさんは来れないから、一定のしんどさは出てくるんだろうな。
わたし自身の体調は大丈夫なんだろうか。
一般に、精神障害者はストレスに弱く体力がないのだ。

わたしが「介護のやり過ぎ」をくどくど言ったからか、母は「明後日、ゆき(妹)に来てもらってもいい?」と言い始めた。
もちろんかまわないが、母は毎日、わたしと顔を付き合わせているのが、嫌になったんだろう。
わたしも嫌だよ。
案外こういうのって、介護そのものより、介護人同士のいがみ合いなんかで、トラブルのかもね。

父には、こうしたややこしい関係を、まったく気づかせずにいる。
父は、もうかなり弱っていて、小さく話したりするが、身体を動かすときなどは、されるがままだ。
ほとんど何も食べず、水もわずか、点滴で不足分を補っている。
痛みがまったくないのが救いだ。
この時点で、こんなにも痛みを訴えないガンって、ラッキーなんじゃないだろうか。

さて、疲れたわたしは、母には悪いけど、明後日マンションで放送大学を見ながら、ゆっくり過ごそう。
しかしこれ、一人で介護している人ってどうやってるの?
絶対無理のように思えるんだけど・・・。
父の場合も、介護人二人でもダメになったら、入院になるだろうと思う。
その時期を、できるだけ遅らせられたらいいなと思う。

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母のやり過ぎが治らない

light

また母に激怒なのである。
この人はもう、何度言っても、父の介護のやり過ぎをやめない。
昨夜は、父を休ませて電気を消したのに、まだ部屋から出てこないので、不審に思ってわたしは戸口で待っていた。

すると、そこから出てきた瞬間、「ああ。おしっこを外に出すのを忘れたわ」と、再び戻ろうとするのである。
「ちょっと。いままた、部屋をガサゴソしたら、病人がしんどいやろ」
「だって、おしっこが部屋にあったら、臭いやないの」
「あと2・3時間で、同じ部屋で寝るんやろ。そのとき、外に出せばええやん」

わたしのこの助言に、彼女は大声を上げて抗議し始めた。
わたしは、「しーっ!」と大きく手を振り回しながら、制止に入った。

「なんで、わたしがこんなに言われなきゃならないのよ。昼間は全然、部屋に行ったりしてないねんで」
「わたしが話してるのは、いまの話。最終チェックは、電気が点いてるうちにすべきで、暗闇でしても意味ないし、やり忘れたことがあっても、自分が寝るときすればいいわけやろ」
「わたしかて、いろいろ世話してんねんで!」
「だから、やり過ぎやねん」

数日前、このことは妹と二人攻撃で説得し、本人もしゅんとなって納得したはずなのだが、全然治っていない。
おしっこを室外に出したい、パジャマを着替えさせたい、布団を取り換えたい、――それは介護人がしたいからするのではなく、本人の具合や意向を優先させることが大事だと思うのである。
どうも母は、父を健康だったときと同じように考えていて、「あれはどこへやったかしら」程度の感覚で、病室をウロウロしているように見える。
このままではまた、父が「うるさいから入院する」と言い出しかねない。

また今朝早く、母に起こされて、父が吐くのを手伝っていたのだが、その後、母は「腰も濡れてるから、パジャマ着替えさせなあかんねん」と険しい声で言った。
これは、「自分のことを非難するけれど、わたしはこれだけの仕事をしているのだ」と言いたいわけだ。
だけど父は、吐いたあと「しばらくこのままで」と言ったのに・・・。
ふつうの人は、たくさんやることがあって、「もう介護なんて嫌だ」になるのに、彼女は「自分はもっとやりたいのに、やらせてもらえない」って言っているのがヘンなんだよな。
でも、そういうことを説くと、またギャンギャン吠えて、どうしようもなくなるから、黙っているしかない。

母には論理的な話がまるで通じなくて、とても疲れる。
いわゆる女の思考回路で、感情的で、話が飛ぶ、話が通らないとひがむ、睨みつけて脅す、言っちゃー悪いけど「女はあたまが悪い」って言う人の気持ちも、わからないでもないねと思う。
母にある「言わなくてもわかってよ」というサインは、効果がないばかりか、わずらわしいだけだ。
いま、わたしは、つくづくまともに話ができる人が欲しい。

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眠ってばかりの父

sheep

昨日は、なぜかわたしのオロオロ病が出て、「米朝戦争で核兵器が使われるとしたら、大阪だ!」という妄想に憑りつかれていた。
だって、大都市で大阪だけ、迎撃ミサイルが配置されていないんだよ。
あれって、つまり「ここに落としてください」ってことじゃないの?
オトリにして、東京を守るつもりなのでは・・・。

妄想に悩みながらも、昨日も父の介護を、母と協力して行っていた。
父は、一日のほとんどを眠って過ごしている。
「よく寝るね」と言ったら、「気持ちがいい」と言った。
この調子が続けばいいな・・・。

夜、父は本格的に「寝る」と言うので、母とわたしでせっせと支度をして、「撤退!」と出ていこうとしたら、「ありがと」と珍しく言った。
介護もだいぶ慣れて、患者にとって楽になってきたかな?
ともかく、相手は動けないんだから、不快感のないようにしないとね。

あとはなんだか、ボーッとしていた。
そういえば、父と母が行くって言っていたコンサートチケットが、売れたんだよね。
この時期に行くつもりだったんだよなー。無理だよなー。
買った当初、わたしは密かに「無理じゃないかな?」と思ったのだが、そのときはまだ車の運転もするくらいだったので、なにも言わずにいた。
なんとなく、先ってわかるものなのかもしれないな。

そこで、勝手に今後を占うと、あと1ケ月くらいはあまり変化がないような気がする。
さらに日にちが経つと、痛みが出てくるとか、別のフェーズに入るかもしれないな・・・。
でもともかく、年は越すんじゃないのかな?
状態の悪い父をよそに、正月の餅を食べている訳にはいかないから、TVのおめでたさとは違う数日間になりそうだな。
すでに街は、クリスマスで賑わっているんだろうけど、これも関係なしだな。
今年の冬は、いつもと違う。



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入院するか否かの話

pajama

また急展開なのである。
妹が帰り、入れ替わりでわたしが実家へ戻ったところ、母がまたなんだか違う話をするのである。

「お父さんのベッドを、足が上がるやつに入れ替えたら、お父さん、怒ってしもうて、もう入院するって・・・」
「えっ?! なんで、ベッド勝手に替えたん?!」
「だって、介護サービスにお風呂頼んだら、ベッドもすぐに用意できますよって言われたから・・・」

もう~!!! なんてバカなの!!
病人にとっては、ベッドは一日中過ごす大切な場所なのよ。
身体を動かすのもしんどいのに、本人の承諾も得ずに、好き勝手に決めたらそりゃ怒るよ!!

「ゆき(妹)が、話聞いてくれててんけど、ゆみとも話をさせた方がいいって・・・」
わたしは、力を失った。
つい昨日、大反省して「介護のやり過ぎでした。ごめんなさい」と言っていた母が、もう翌日、こんなことをしている。
わたしは、「介護っていうのは、こっちから押し付けるんじゃなくて、本人にどうしたいか聞いてからやるもんやねんで?」と諭したが、彼女は、わかったようなわからないような表情だった。
ダメだ、やっぱりこのままでは、また同じことをする・・・。

わたしは、それでも入院は勧めない気でいた。
自分自身が入院回数が多くて、そのたびに病院のあまりの白さに、うんざりさせられてきたからだ。
また、父の病状を見ても、まだまだ身体は動けるし、そのため長い入院生活となると、しんどくなるのではないかと思ったからだった。

わたしは今朝、父に「入院するとか何とかって聞いたけど?」と尋ねてみた。
すると父は、ぼんやりしながら「すぐ?」とつぶやいたので、あっと思って、「いやいや、すぐにってわけじゃないよ」と引っ込めた。
昨日はやっぱり、怒りのあまり入院するって言ったんだな。
まあ気持ちはわかる。

それにしても、今回わたしがゾッとしたのは、母のあまりの判断力のなさだった。
なんでこんな簡単なことがわからないんだろう・・・、あたま大丈夫か・・・? と真剣に考えたのである。
これからわたしは、この人と2人で生活していくことになる。
でも、こんなふうに、人の考えが推察できず、自分の正当性を怒りにまかせて主張する老人って、なんか怖い。
わたしは、大丈夫なんだろうか・・・。

ともかくいまは、ちょっと反省した母が、出しゃばるのを自粛して、介護するときにわたしにいろいろ尋ねてきてくれている。
市役所から来た職員の人によれば、病人は、だいたいは娘の言うことはよく聞くものらしい。
この立場を利用して、わたしは父がより快適な緩和ケアライフを送ってくれるように、うまく立ち回ろうと思う。

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妹の介入


朗報なのである。
末期ガンの父の、介護をめぐる戦いなのだが、妹の介入により、あっさり解決した。

わたしが母と大喧嘩して出ていったあと、入れ替わりに実家に妹が帰ってきたのだが、母がわたしとの経緯を彼女に話したところ、彼女もわたしとまったく同じことを言って、大激怒したらしい。
つまり、介護のやり過ぎなのだ。
父を、お人形さんみたいに扱って、自分の思い通りに世話をしている様子が、気持ち悪かったのだ。

母はわたしに電話越しで、「明日ケアプランを持ってきてもらう」としょんぼり言った。
「どうやって選ぶ?」「本人に選ばせたらいいよ」
それで話は決まった。
もしかしたら父は、いまのままでいいと言うかもしれないが、やはり一度は、意志を尋ねた方がいいだろう。
まープロが好きな父だから、ケアプランを選ぶ可能性が高いだろうな。

それにしても、あんなにギャンギャン吠える母を見ると、心底うんざりしていたのだが、妹にまで責められ、今度はすっかりしょげてしまった彼女に、わたしは急速に同情してしまった。
そうなんだよ、この人はよかれと思って頑張ってたんだよね。
わたしは、もし父親が母親を選ばず、ケアプランを選んでも、いままでのことが無駄だったとか、しょげない方がいいよ、と伝えておいた。
すると、案外彼女は元気な声で、うんうんと言った。

妹はその後、ヘンな時間にパジャマを買いに行ったらしいが、この人は躁でも、あたまはヘンじゃないので、言いたいことを言ってくれる。
わたし一人では、あのまま父を助けなければ、という憔悴感とともに、辛い思いをしたに違いない。
父の最期は、一回しかないのだ。
絶対に失敗はしたくない。

わたしが、「母親と喧嘩したから、数日間出て行く」と、父にこっそり告げたとき、父はだいぶ心配したと思うが、今頃は、あーそういうことだったのかと分かってくれていると思う。
わたしが出ていくとき、元気に敬礼していた父。
父はこの家族を、50年間もまとめあげてきたのだ。
俺のことでいろいろ考えてくれるのはありがたい、とのんびり屋の父は考えていると思う。

さてこれからだが、わたしは父の様子を見て、まだ急変ということはないと思っている。
あと一か月ぐらいは、徐々に弱るとはいえ、現状維持じゃないのかな? 
とにかくここまで来たんだから、苦しまずにゆったりと、日々を過ごしてほしい。
まだまだ、この世が終わったと考えるには、早すぎると思うのだ。

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母との衝突


末期ガンの父の看病のことで対立していたわたしと母は、昨日ついに大喧嘩となり、わたしは一時的に、マンションへ避難した。

内容は、昨日の続きで、父のトイレ問題をどうするかである。
わたしは、歩行介助でトイレまで行けるとみているが、まったく素人の母にとっては、フラフラで危なすぎるというわけである。
しかし母は知らないが、歩行というものは、脳卒中の患者さんのように、反射が失われていると危ないが、そうでなければ、多少フラフラしていても、案外歩けるものなのである。

父がわたしに、トイレに連れて行ってくれと言っているのに、母はおむつを強要して、「ずっと見てるのはわたしやねんから、わたしが一番よく知ってる」と言い張るので、わたしは、「あんたは介護してる自分に、自己満足してるだけや」と言い返した。
「代理ミュウハウゼン症候群っていうのがあるねん。患者は、たとえば飼い犬の足を折って、必死に看病して、なんて優しい子なんでしょう、って言われるのに快感を覚えて、また足を折るねん」

そこまで言うと、母は烈火のごとく怒り出した。
「わたしが虐待するの?! わたしが!!」
そう言ったあと、怪獣みたいな声で叫びながら、ティッシュだの何だの、あたり構わず、わたしに投げつけてきた。
「あんたも暴れてるとき、こうやったんやからな!」という免罪符を叩きつけたあと、恐ろしい呪いの言葉を吐いた。
「あんたなんか、IQ、IQってそんな自慢しかできへんくせに!」

その言葉に、度肝を抜かれた。
なぜならば、ネットのIQテストをやった話は、ちょっと前に3/4くらい言いかけただけなのだ。
なぜそんなことを、ピンポイントで覚えていて、言い争いの材料にするのだろう??
それに、そんな自慢しかできないって、それはひどい。
わたしは、たくさん話したいのに、母とは価値観が違い過ぎるから、いつも黙って我慢して、母の言うことをフーンフーンと聞いているのだ。

なんだかこの人と、信頼関係は築けそうにないなーと思った。
とりあえずこんな状態では、お互いストレスが溜まるし、父の前で悪いと思い、わたしはちょっと出て行くと言って、父のところへ行った。
そして父に、「じつは、母親と喧嘩して、出ていけっていうから、数日間出ていくわ。明日は妹が来るから」と伝えた。
父は心得たように、ああと言い、わたしが敬礼すると彼も敬礼した。
お互い母親というのは、ああいう人間なのだと共通意識があるのだ。

自分のマンションへ入り、わたしは疲れた身体を、椅子に沈めた。
父が亡くなったら、もうこっちに移ろうか。
猫と別れるのは、とても寂しいけれど・・・。
あの母親と、一緒にやっていける自信がない。
経済的に辛いものがあるけど、作業所Aで頑張って働くしかないか。
とにかく、大きなことを決定するときは、慌ててはいけない。
でも、このことはちょっと、視野に入れて、今後母の出方を見たいと思う。

それにしても、なんだか父の行く末を思うと、胸が痛い。
実は他にもあって、父は自分が摘んだ花のドライフラワーを飾っていたのだが、そういうものも、母は全部捨ててしまったらしい。
わたしが、ベッドに付けたタオルも、なぜ変えたのかを尋ねると、「あんたもお父さんも、同じようなこと言うわ。なんで変えたとか、なんで捨てたとか。自分が摘んだ花やからって、汚いものをなんなのよ」と忌々しそうに吐き捨てた。
もうほんとうに、この人の暴走を何とかしてほしい。
神さまに頼むよって感じ。

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サイコパス介護

omutsu

末期ガンの父の看病で、また母の行動にうんざりしてきた。
これは引くに引けない、トイレ問題である。

ヨボヨボの重病人だって、トイレは自分で行きたいという欲求があるはずだ。
そこは、絶対尊重しなければならない。
しかし、母は違う。
「自分が介護したい」という、おかしな理由で、父をおむつ状態にしようとしたのだ。

昨夜、母が、「お父さん、ポータブルトイレもあかんかったわ」と言うので、それに乗ることさえできないの? とわたしは思った。
「だから、おむつの中でしてもらおうと思って」
「え? それはあかんやろ」
「でも、お父さんがそれでいいって」

ついこの前まで、歩行介助つきでトイレに行っていたのに、おむつでいいって??
わたしは、ヘンだなと思った。
もしかしたら、母は「お父さん、もうその状態やったら、おむつしかないわ」とか何とか言って、本人に諦めさせたんじゃないだろうか。

果たして今朝、わたしが父の身の回りをあれこれしていたら、父がトイレについて、「ゆみ、(歩行介助)頼むわ」と言い出した。
「うん、いいよ。いま? あとで呼ぶ?」
すると、父は黙ってうなずいた。
わたしの心には、ちょっとした怒りが湧いてきた。

母は、なにを言っているんだ。
父は、おむつの中で用を足すなんて、全然納得していない。
昨夜の、「ポータブルトイレがあかんかった」というのは、できないんじゃなくて、本人が同意しなかったという意味か。
ポータブルトイレが嫌な人が、おむつを受け入れるわけがない。
「どうせ、食べてないから、そんなに出ないから」というのが、母の主張だったが、じゃああなた、やってみたらどうですかという腹立たしさが沸き起こってきた。

さて問題は、明日なのである。
明日は、前回を反省したのか、躁状態の妹がやって来る。
この人は、まえに来たとき、父の両脇を一人で抱えてトイレまで行くという、ウルトラCをやった人なので、病人にとっては辛いかもしれない。
母が、「お父さんはもう、おむつの中じゃないとできへんねん」とか、「あんたには歩行介助は無理やわ」とか、独自の考えを吹き込まないといいけど・・・。
わたしは不在なので、事がどう進展するかわからない。
あわよくば、父がおむつを拒否してくれて、妹が「いつもはどうしてるん?」という流れになればいいけど。
母のサイコパス介護から、父を守らなければ。

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自分勝手な介護

ice_cream

昨日は、ぐったり疲れて、昼アイスクリームを食べたあと、ウトウトと昼寝をしてしまった。
間食も昼寝も、ふだんのわたしはしないものである。

父の看病で、疲れているのかなあと思う。
そりゃ、そうだよな・・・、階段を上がったり降りたり、母の言われるままに行動していたら。
でも、この数日間、とくに疲れさせられるのは、母の過剰な使命感である。

訪問看護チームにも不信感を持っていた彼女だから、わたしなんかに信頼を置いているわけがない。
昨日は、「お父さんはもう、トイレに行くのは無理。ポータブルトイレが隣にあったから、持ってきた」と言って、昔、曾祖母が使っていたものを運んできた。
自分自身が、「ポータブルトイレなんか嫌」と言っていたくせに、どうした風の吹き回しだろう。
そのことをちょっと振ってみたら、「わたし、そんなこと言ってないわ!」と逆上しそうになったので、慌てて引っ込めた。
なんで自分が言ったことを、こんなに綺麗に忘れるんだろう。

それとやはり、ポータブルトイレやおむつっていうのは、最後の手段にした方がいいと思うんだよね。
父には、まだはっきりとした意識がある。
この段階でソレっていうのは、早すぎるんじゃないだろうか。
歩行介助なら、言ってくれたらわたしがやるのに・・・。
母はなんだか、父の世話がしたくてしたくてたまらないように見受けられる。
もとからあるんだよね。家族を自分に引き寄せて、あれこれ世話を焼きたがる癖。
わたしは、依存に近いんじゃないかと思っている。

今朝、父が「俺はもう、立ち上がることもできない」と悲観していたので、「できるよ」と言って、介助して立ち上がってもらった。
全然力を込めていないし、ほとんど自力で立ち上がっている。
トイレに行けないなんてことはないのに・・・。
勝手に判断して、いそいそとポータブルトイレを用意している母が、疎ましい。

トイレのこと以外でも不気味な行動があって、わたしがベッドの柵に結びつけておいたタオル(起き上がるときに使う)が、べつのタオルに変わっていた。
あんなの、汚れるわけじゃないし、なんで替える理由があったんだろう??
わたしはそれを見て、「あの子じゃダメなの、わたしでなきゃ!」という強いメッセージが込められているような気がした。
なんか、怖い・・・。
これって、イジワルな姑がしそうなことだよね。

わたしは、父を気の毒に思いながら、どんどん介護が母の領域になっていく現状に、疲れてきた。
もう、なんでもいっか、という気持ちである。
一人がスタンドプレーをすると、チーム全体の和が乱れる。
訪問看護の人たちも、わたし同様、言いたいことがあるんじゃないのかな。