LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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ツツジを見ながら散歩

tsutsuji

昨日は、吐き気がしなかった。
なんなんだろうな~? 余計なことを考えなかったからか?

あまりにいい天気だったので、散歩コースをいつもと変えてみた。
ツツジがあちこちで咲いている。
まもなく、ゴールデンウィークなんだなあ。

だが、散歩コースで行った先には、まったく誰もいなかった。
高齢者さえもいない・・・、なんか、平日の昼って、どこに行っても人がいないな。
小学生の頃からずっと知っている場所だから、ほんとうに人口減少を目の当たりにするような気がする。

距離が長かったため、ちょっと疲れたので、のびるまえに帰り、その途中でスーパーに寄って米を買った。
わたしは非常用に、米をいつも10kg保管してある。
サトウのごはんなんか、いくらあっても足らないじゃん。
わたしは、災害のときに行列で並びたくないのだ。

朝、スマホニュースを見たら、羽生選手のパレードのあとで、10万人が集まったにも関わらず、ゴミが一つも落ちていなかったと報道されていた。
行列をきちんと守ることといい、ゴミを落とさないことといい、これが日本人の世界に誇れる習慣なのだが、それにしても最近、以前にも増してヒステリックだなー。
外国人に誉められるのが好きな国民だから、対外的なことを気にして、もっともっとって感じで、どこまでも街を美しくしそうな気がする。
結果として、それはとてもいいことなのだが。

しかしわたしも日本人のはしくれ、暇にまかせて、東京オリンピックのときは、大阪・難波の街でゴミを拾って歩こうかな。
そういう仕事ならできそうなんだよね。
もし、ボランティアが募集されたら、チャレンジするのもいいかもなと思う。

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毛布洗いの災難

sentaku

昨日は、冬の毛布を干そうとしたら、なんだか臭うので洗うことにした。
しかし、うちのベッドはダブルである。
毛布の大きさも、それなりにデカイのだ。

ずるずると風呂場へ抱えていき、足で踏んづけて洗ってから、わたしは大変な失敗をしたことに気がついた。
水を吸った毛布、重い・・・、とても持ち上らない。
だからといって、洗濯機には入りきらない。
どうしよう?!

最初は、お風呂に置いたまま、バスタオルで水分を取りまくった。
だが、それだけではどうにもならないので、ちょっと乾いたところで、無理矢理、毛布をベランダまで持ち上げていった。
しかし、途中で床に落ちて絶望的だった。
これは駄目だと思い、次にほかの部屋で、段ボールを敷いて、その上にバスタオルを敷いて、毛布を敷いて、ドライヤーをかけた。
ここまで来るのに、ほんとうにクタクタになってしまった。

すると、吐き気が盛大にやってきて、クタクタに拍車をかけた。
諦めてぐったりして、もうしばらくしてから点検すると、ようやく持ちあがりそうになっていたので、最後の力を振り絞って、わたしは毛布を物干しざおにかけることに成功した。

そのあと、一日中吐き気に悩まされた。
そうだよな。ふつうの人がやる仕事、一人前をやってしまったって感じ。
完全にオーバーワークだ。
それにしても気持ち悪い。

いまは、三角筋と上腕二頭筋の痛みに疲れている。
じつは、1日経ってもまだ、毛布は乾いていないんだよね。
あーしんどい。今度から、いつもと違うことをするときは、ちゃんと考えてやらないと駄目だな。

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介護保険料の支払い

tue_roujin

一日中、なにかを心配している日々だが、昨日はふと「わたし、介護保険料をちゃんと払っているのか?」と気になって、いろいろ調べていた。
障害年金をもらっている人の、介護保険ってどこから落ちるんだ・・・。

なんでこんな疑問が湧くかというと、わたしが払っている健康保険料って、ものすごく安いのだ。
これで、ほんとうに介護保険料が入っているの? って感じ。
もしかして、障害年金の方から落ちているのかな・・・、といろいろ調べたのだが、障害年金から減免・免除になるのは、国民年金である。
発病当時、わたしは脳があの世にいっていて、わたしの全財産が両親の管理下にあったので、こういった公的な手続きも、全部、両親が代行してくれた。
おかげで、自分の社会保障について、ちょっと疎くなっている。

「介護保険を払っていなければ、大変なことになる」と、わたしはちょっと心配しながら、あちこちのサイトを見たが、いろんなケースがあるので読んでもよくわからん・・・。
これも病気のせいだが、わたしは説明書とか書類がどうも理解しづらくなっているのだ。
同じ行を何度も読んでいたりして、ほんとうに疲れる。
しまいに、ギブアップして、わたしは母親に電話をかけた。

「わたしの介護保険、ちゃんと払ってあるかな?」
「払ってるよ。健康保険から支払ってるねん」
「でも、すごく安いで? これ、妥当な数字?」
「妥当、妥当。あのな、介護保険を受けるにはまだ早いからな、そんなに払わんでもええねん」
ふーん。そっか。
わたしが聞いていた、介護保険料4,000円/月 っていうのは、収入が多い人の話だったのね。

それにしても、○ahoo! 知恵袋とかって、こういうお金の話になると、イジワルな回答をする人がいるよね。
「障害者だからといって、健康保険料は免除になりません」って、ビシッと決めているけれど、実際は一人所帯の障害者なんて、生活保護より苦しいんだから、健康保険料はだいぶ安くなるって。
なんか、「言ってやった!」っていう凱歌が聞こえるようだわ・・・。
お金のことに関しては、障害者は素人の健常者に訊かない方がいいと思う。

とにかく、わたしの介護保険は無事、支払われていてよかった。
だけど、できたら介護保険なんか関係のないところで、ピンと背筋を伸ばして、カッコのいいおばあさんになるのが、わたしの目標なので、介護保険はまさに保険にしたいと思う。

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大学同級生と夜の会話

moon

昨夜は、10時半に大学陸上部の同期Y(♂)から、電話があった。
「××におるねん」
「へー。でもわたし、外出られへんよ」
「そうかー」

××はわたしの家から近いので、飲み直すために呼んだのかな。
しかし、もうわたしは昔みたいにフットワークが軽くないので、ぱっと用意して飛んでいくことはできない。

「調子どう? 元気そうやな」
「うーん、身体はいいけど・・・、最近、ミサイル飛んできたらどうしようとか考えて、吐き気してる」
「ミサイル??! なにそれ」
「あと、日本人が絶滅するのが怖くて、どうしようとか」
「えー? どしたん」

Yが、何言ってんだ大丈夫か、という反応を見せたので、わたしは急いで「病気、病気!」と言い直した。
「春はいっつも悪いねん」←本当。
「そうかー。いつ頃になったら治んの?」
「去年は5月半ばやったなあ」
「ふーん。また飲みに行こう」

Yはわたしにとって、社会とわたしを繋ぐ貴重な人物で、話も興味深いので、断る理由はない。
むしろわたしは、障害者じゃなく、こういうふつうの人と繋がりたいのだ。
彼の感覚では、ミサイルとか日本人絶滅とかは、「なにそれ?」の話なんだな。
やっぱりわたしは、部屋のなかでネットしか見ていないから、世の中と考えがかなりズレているのだ。

わたしが、「だーれも周りにいなくて、一人で、なんにもすることがない」と言ったら、Yは「絵を描いたら? 美的センスあるやん」と言った。
「えー。でもあれ、習わんとあかんやろ?」
「絵を描くのに、基本なんかないで! 自分の思うように描けばええねん」
Yは、ふだんはボケーっとしたしゃべり方をするのだが、ここだけは声色が変わって真剣だった。
こういう、考えのメリハリがわたしにはないんだな。
長い療養生活のなかで、わたしは、平坦で二次元的で深みのない人間になってしまったのだ。

結局、少し酔っ払いのYに、わたしは「早くラーメン食べに行って、寝たら」と言って電話を切った。
世の中が、わたしの知らないところで動いている。
たまに、それに触れさせてもらえるだけで、ほかの精神障害者より、わたしはラッキーかもしれないな。

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お花見会場とか介護とか

hanami

今朝、スマホニュースを見ていたら、中国人観光客による花見効果が、なんと6,500億円と書いてあって驚愕した。
さすがに、この数字は見逃せない。
この調子だと、お花見会場は、インバウンドに明け渡さなければならないな。

ということで、どうせじじばばばかりが増えていく日本は、若い所費者に支えられるためにも、日本古来の文化や街並みを、ある程度あきらめなきゃいけないのかなと思う。
じじばばは旅行に行かないから、せっかくの観光地も閑古鳥が鳴いて、外国人なしではすたれていくんだろうしな。
やっぱり、「時代は変わっていく」っていう観念を持つことなのかな。
若い人たちは、外国人が増えることにあまり抵抗がないみたいだから、やっぱりわたしがトシなのかもしれない。

だが困ったことに、この件を終わりにすると、また次の吐き気のする件があって、何度も書いているが、それは母親の超老後なのだ。(←えずき中)
そもそも、あらゆる杞憂は、彼女が自分の超老後について、間接的に関われと言ったときから始まった。
「あんたに介護なんかできない」「介護で無理心中する人もいる」「わたしはグループホームへ行く」「ただし待遇は悪い」。
これを総合的に聞いたわたしは、「あんたには介護はできへんけど、だからといって待遇の悪いグループホームに行かせることもできへんやろ? だから、あんたが死ぬほど頑張って、わたしの世話をすることになるんやで」という解釈をしたのだ。
恐ろしい・・・。わたしは障害者で、人によってはヘルパー呼んでるよの世界なのに。

彼女のこうした発言の不用意さは、どんなときでも、心にもないことを言っているわけではない。
どっちかというと、自分でも気づかずに本音を言っている場合がほとんどだ。
こういうことを、さりげなく指摘すると、鬼のように猛り狂って、自分の発言について省みようともしない。
幼い頃から、そういう恐怖政治をされたので、わたしも妹も、母親には愛想をつかしている。

でも、あるサイトで「毒親の面倒を見る必要はない」というのを読んで、そうだよなと考えた。
たった一度の人生なのに、なんで自分をいびった人間に、大切な時間を捧げなきゃならないんだ。
わたしは吐き気を抑えるために、「もう、わたしは母親の介護に関わらないようにしよう」と考えた。
「やらなきゃダメだ」って言う人は、ふつうに愛情を注がれて育った人だと思う、絶対。
いまだにわたしは、「お母さん大好き」とか言うヤツに、気持ちわるーって思うもん。
なんでも、愛情を注いでもらえなかった子どもは、愛情深い家庭に憎しみを覚えるらしいよ。

それで、えずきが止まらないので、この問題はあまり考えないようにしようと思う。
ゲームとかしていると、ふつうに治っているから、やっぱり精神科だね。
どうせまた、「作業所行け!」って言われると思うけど。

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