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LIFE,LOVE&PAIN

双極性障害・解離性障害をもつ女性の日記。人生っていろいろあるよね。

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狂人を連れ遊ぶ。



昨日、友人づくりについて考えていたら、大学陸上部のHを思い出し、同窓会にかこつけてラインをしてみた。
しかし、話の中途半端なところで、簡単にスタンプを押されてしまった。
楽天家の友だちYあたりなら、家事じゃないの? と言いそうだが、なんだかいまのわたしは、こういうのはめげる。

それで、発症当初から10数年間、なぜかイヤイヤ友人関係を続けてくれていた、高校陸上部の独身3人組を思い出してしまった。
あのときも、なんか避けられている感じ・・・、自分がゲストになっているような感じがしたんだよね。
それで、先日からマイブームの、アインシュタインの言葉に従って、「解決できない問題は、考え方を変える」を実践して、この問題を再考してみた。
なぜ彼女らは、わたしによそよそしかったのか。
彼女らとの付き合いは、高校からだから、発症当時、相当長かった。
わたしが急に、歩けないヨロヨロのお化けになり、その後、中学生の女の子に変身し、おかしなことをし始めたとき、彼女らがまえのわたしと違うことに気づかないはずがないのだ。

あの当時、中学生の交代人格が、一瞬引っ込んだときだと思うが、彼女らはマンションで、「あんたはいま、中学生になってるねん。わかるか?!」と真剣な目で迫っていた。
わたしは分からなくて、きょとんとしていた。
その直後、また中学生に戻ったらしく、その後の記憶はわたしにはない。
でも、もしかしたらあのとき、わたしは彼女らに、決定的な絶望を与えるような行動をしたのではないだろうか。
たとえば、「完全に狂っている!」と思わせるようなことだ。

それで、もしかしたら、親友だった彼女らは、悲観にくれたかもしれない。
「もう一緒にはいられないね」「どうする?」「せめてたまには、お見舞いに行ってあげようよ」、そんな感じ。

でも、自分が狂っていることを知らないわたしは、彼女らが自分を、なぜゲストとして扱うのかがわからない。
「病気になった途端、わたしを避けて、自分たちだけで遊ぶようになった」と思うようになる。
避けられていることの嫌な感じ。
これがだんだん溜まっていき、やがて怒りの塊となり、それを彼女らに向けて爆発させる。

その後の彼女らは、もしかしたら仲間内で、こんな事を言っていたかもしれない。
「実はゆみは、最初の入院直後から、言うことなすこと前とは違ってて、もう別人になっててん。可哀想やから、うちらはたまにお見舞いとか行ってあげてたけど、今回だけはまったく意味わからん。助けてあげたかったけど、もう無理やわ」

うーむ。
いままで、こんな風に考えたことはなかったけれど、なんとなくこのお見舞い説は、仲間思いだった彼女らがやりそうなことで、いままでの仲間外れ説は間違っていたかもしれない。
だからといって、怒りを爆発させずに、あのまま 続けられたかというと、そうではない。
3人のうち1人が、明らかにわたしを嫌い、無視していた。
理由はわからないが、そういう人が1人いるなら、いずれ3人とも、わたしのお見舞いを止めただろう。
いいのか悪いのかわからないが、最後に怒りをドカンとぶつけてサッパリして、わたしとしてはよかったのかもしれない。

この過去があるため、わたしは自分が避けられるということに対し、ちょっとしたアレルギーがある。
でも今後、友だち作りをするにあたり、「簡単にスタンプ押された」などと、悩んでいては始まらない。
今回考察した3人組も、わたしのいままでの思い違いの可能性が高いと思えるから、人付き合いにおいて、「避けられた」なんて勝手に思い込まないことが大事だな。
友だち付き合いなんて、気楽にいかなきゃだよね、ほんとに。


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死んだわたしの面影

kamen

昨日、病気になってから、自分が変わってしまったことを考えているうち、「まえの自分って、どんな感じだったんだろう」と思い出していた。
まえのわたし・・・、いまより思慮深い人だったらしい。

「思慮深いって、どういうことなのかな。考えてから、しゃべるってこと?」
わたしは、頑張って思い出そうとした。
でも、そんなに口が重いということは、なかったと思うよ・・・。

わたしをイヤイヤお見舞いしてくれた元親友たちは、お寺に行ったとき、石碑を見てアレコレと語り合っていた。
わたしは興味がなくて、ボーッとしていた。
でも、もとのわたしなら、彼女らと一緒になって、思慮深くうなずき合っていたのかな?
少なくとも、ただ突っ立ってはいないよな。

ベージュのスーツを着たわたしが、会合に主席するために、大阪駅のビルの間を、足早に歩いていく。
「ああ、こんな紙袋、持っていきたくないけど、これ渡さないといけないから、仕方ないよね」
そんな彼女とわたしは、そんなにも違う人間なんだろうか。
確かに社会的基盤があるから、フットワークは軽かったけど、思慮深さがいまより全然違うなんてことが、あるだろうか?
わたしには、あのときの記憶が鮮明にあるのに、どうしていまの自分と彼女が違う人間なのか、わからない。

ないものねだりだが、まえの自分でいたかった。
わたしは、まえの自分がもし、デイケアの部屋に入ったら、どう思うだろうと考えてみた。
「ああ、精神疾患者のリハビリの場所だな」「家庭的だな」「社会復帰は無理だな」「規則正しい生活、孤独を解消、のんびり過ごす、が目的だな」
そしてもし、いまの自分がここにいるのを、まえの自分が発見したらを考えてみた。
「えっ、なんでわたし、こんなところにいるの??」「どうして?? なにが起こったの?!」「これがわたし?! 信じられない!!」

彼女は首を振って出ていき、深い絶望に沈み、死刑執行までの日々を苦しく過ごす。
まえの彼女、悲惨だな・・・。
「精神病になって、ふつうじゃなくなるなんて、もう死のう・・・」と、真面目な彼女なら考えるだろうな。

まえの自分について、いろいろ考えてみたが、やはり「こういう人だった!」という明確なイメージが湧いてこない。
母によると、いまはちょっと幼くなっているそうだけど、こういうことも受け入れなきゃ仕方ないよね。
37歳のときに、死んでしまったほんとうのわたし、もっともっと思い出してみれば、なにか面影が出てくるような気もする。
これもリハビリっていうのかな?
退行しているいまの自分の精神を、強化するのに役立つと思うんだよね。




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元のわたしへの供養



昨日は、わたしが発狂してからの、友だちの言動について、いままでわからなかった謎を解こうと、頑張った。

とりあえず、二つに問題を絞った。
一つ目は、友だちが「桜の木は、英語で何と言うでしょう?」とニコニコ質問したので、わたしもニコニコと答えると、みんなが無言で去っていったことだ。
なんで?? わたし、はしゃぎすぎてたの??
「はーい」って、手をあげなきゃいけなかったの??

この問題は、難しいと思った。
きっと、質問の前に何かあるんだ。
私は思い返してみた。
質問の前って・・・、車に乗っていただけだけど?

車の中でいつもわたしは、無言だった。
なぜなら、みんなが、自分たちが普段しているわたしの知らない話ばかりするからだ。
でももしかしたら、彼女たちはわたしのことを、中学生レベルの頭だと思っていたから、大人の話を理解していないと考えていたのではないだろうか。
だから、中学生でもわかる質問に答えたとき、「こんなときだけは、嬉しそうに答えて痛々しい・・・」と感じたのでは・・・。

だとすれば、わたしは思いのほか、彼女らからバカにされていたのかもね。
親切に誘ってくれたんだろうけど、いまのわたしなら、誘わなくていいよって言うな。
ほんとうに、これが真実なら、ある意味自分が痛々しいよ。

もう一つは、彼女らが、入院先にお見舞いに来てくれたとき。
彼女らは、昼過ぎにやってきて、お茶を出すわたしに、「わたしら、お腹が減ってるから、外にご飯を食べに行こう」と言ったのだ。
わたしはそのとき、2分前まで苦しくてベッドで寝ていたのだが、そう言われると仕方なく外へ出た。
ずっとわたしのなかにあった疑問は、患者には入院食があるのに、なぜ食事に誘ったのか、それと患者は苦しんでいる可能性もあるのに、なぜそれを無視したかであった。

考えれば考えるほど、あの食事の誘い方は普通じゃない。
意図している。
何を意図しているかって、・・・有無も言わさず、わたしを連れ出すことだ。
もしかして、精神病院にいたくなかった?
そういえば、まえに入院していた精神病院は、環境が劣悪で、ボロボロで、たぶん普通の人が見たら、嫌な感じがしただろう。
「精神病院って苦手やな」「わたしも無理」「お腹空いてるって言うて、ゆみを連れ出せば?」「たぶん、12時に食事やからその直後行こう」
もしかしたら、こんな感じだろうか。
わからないけど、これなら辻褄が合う・・・。

そのとき、わたしが苦しんでいるのを彼女らが無視したのは、想像にすぎないが、彼女らは、激うつの実態を知らなかったのではないだろうか。
彼女らにとって、わたしは、中学生レベルの、頭のおかしくなっている人だから、その頭がさらにおかしくなって、明るく無邪気に笑っていると、決めつけたのでは?
だって、最初から「具合はどう?」じゃなくて、ドタドタ大きな足音で「元気?」って感じだった。
お見舞いにしては、変わっているよね。

まあどっちにしろ、わたしのためにお見舞いに来たのではないのは、確かなんだよね。
車の中では相変わらず、3人だけで喋っていたし、店では3人だけでムシャクシャ食べていたし、結局、旧友のよしみでお見舞いをした、という既成事実を作りたかっただけなんだろう。
彼女らにとって、いまのわたしは、まともだったわたしの抜け殻で、わたしにはまったく興味がない。
彼女らがしていたのは、元のわたしへの供養で、それ以外ではない。
でも、抜け殻にも、記憶や感情があることを、すっかり忘れてくれていたんだよね。
そこが全然、ダメダメだね。

さて、わたしの思い出には、大きな傷があるので、あまり思い出さない方がいいのかなとも思うが、最近体調がいいせいか、いろんな角度でものを見ることができるようなので、かつて疑問に思っていたことも、ゆっくり思い返してみたいと思う。
わたしの病気は、対人関係で問題を起こすものだから、過去の経験を見直すことで、間違いのない未来につなげることもできると思うんだよね。


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素晴らしいお母さん

mama

昨日は、何ということもなく、何かを考えていた。
そして、「Hドクターって、母親のことばっかり聞くよな・・・」と思った。

先生は、診察の毎回、「お母さんと仲良くやっていますか」と聞く。
まー当然、わたしの状態が悪いとき、家で大暴れしたから、ドクターとしては、家庭内の人間関係が気になるところだろう。
と、わたしは考えていたのだが、ふと、「違うのではないか」と閃いたのである。

「あの人、いつも”あなたのお母さんは、ほんとうに素晴らしいお母さんですよ”」と力を込めて言う。H先生は、超あたまがよくて、人の良し悪しの判別なんか峻烈だから、たぶん言っていることは正しいんだろう。そんな人なら、ふだん我儘ばかり言っている患者より、いたいけな家族の方に注目するのでは」

すると、視界が開けてきた。
双極性障害1型の患者をもつ家族って、それはそれは悲惨なものだ。
たぶん多くは、親以外残ってくれない。
毎日、暴れないかとヒヤヒヤと過ごし、暴れるたびに力の限り制し、命を削って生きていかなければならないのだ。

だからこれは、家族の問題でもある。
家族がヘトヘトになっている・・・、家族がこれ以上、こころの傷を受けないようにしなければ。
H先生はそう考えたのではないか。

「あり得る!」
わたしは、へーっと思い、「H先生って、名医やん!!」と感嘆した。
そうか、それでか・・・。
先日の診察のとき、やっぱり「お母さんと仲良くやっていますか」と訊かれて、わたしが「あの人、おしゃべりなんですよ。ペラペラと。それでわたしは、フーンフーンって言ってます」と答えたら、「フーンでいいんですよ」とカルテを見ながら言った。
この患者の訴えって、H先生からみると、いままで野獣に変貌していて、話もできなかった娘が、最近症状がよくなってきていて、母親が嬉しくて一生懸命話しかけている、という話になるんじゃないだろうか。
「よしよし、お母さん、楽になっているな。このまま、この患者は様子見だ」と、先生は評価したかもしれない。
うーん。とてもあり得る話だ。

それで思い出したのが、手塚治虫の「ブラックジャック」なんだけど、この漫画では子思い・親思いの人には、ブラックジャックはすごく情けをかけるんだよね。
あんな感じで、患者の母親=うちの母親は、ひたむきに「先生、お願いします。どうか・・・」と我が子のために、必死ですがったんじゃないだろうか。
それで、H先生は「患者はどうしようもない人間だが、このお母さんは素晴らしい人だ。彼女のためにひと肌脱いでやろう」って、考えたのでは。
なんか、きっとそうだって気がしてきた・・・。
わたしも、診察でバカやマヌケなことを言っていたらあかんなー。
まともな人間にならないと。


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ヒステリーという病気

chusha

昨日は、15年前の発症当初のことを、思い出していた。
発症当初、わたしはさまざまな強烈な症状を出していて、とてもじゃないが、うつ病患者ではなかった。
その一つの原因に、いいかげんな医者によるデタラメな処方がある。

話によると、わたしは入院中、倒れていたところを自殺未遂したと勘違いされて、とても強力な注射で、動けなくされたそうだ。
その注射を打った直後から、わたしの顔貌・様相が変わり、知的障害者&ズルズル歩きになったという。
両親の話によると、その状態は、退院してからも半年間続いた。
これはもう治らないと思って、わたしのことは、一生自分たちで面倒をみようと決めたという。

ところが、わたしの記憶では、それは変なのだ。
だって、その知的障害者で、誰もが振り向くズルズルになっているはずのわたしが、外で人に会うなど、都合のいいときだけ、もとの自分に戻っている。
東京に行ったこともあるし、チャット仲間と飲み会もした。
そのとき、「美人やね」とほめてもらって、写真も撮って、そこにはふつうの自分が写っていた。
恋人Sと居酒屋に行ったときも、誰もじろじろ見ていなかった。
つまり、両親のいるところでだけ、知的障害者&ズルズルをやっているのだ。

「これって、ふつうにヒステリーでは・・・」とわたしは思った。
ヒステリーとは、キーッとなって怒るのではなく、心の自己防衛として、患者が意図しないところで、急に倒れるなどの症状が勝手に出るのだ。
それは、大袈裟でわざとらしく、一人でいるときには出ない。
わたしも一度ビデオで見たことがあるが、患者さんのビッコの引き方が人間離れしていて、こんなの絶対演技ではできない、って驚いた。
わたしも同じように、親がいるまえでは、ズルズルと悲惨な患者を演じていて、マンションに帰ると、いきなり背筋を伸ばして、フンフンともとの自分に戻っていたのだろうか。
なんか、それってものすごく怖い!!

でも、そうでなきゃ説明できない。
薬であたまをやられていたなら、狙った日だけピンとするなんて、あり得ない。
わたしはそこは確信して、だけど最初は絶対、薬だったはずなのに、なぜ? という疑問に取り組んだ。

すると、退院後すぐに人に会ったことを思い出し、「案外、早いうちに薬は抜けていた?」と考えが浮かんだ。
いや、もしかしたら退院直後くらいには、もう薬は抜けていたのでは・・・。
母は、「絶対薬よ!」と言うが、あの人はヒステリーのことなんか、何も知りはしない。
もしかしたらわたしは、注射を打たれてひどいさまになってから、周り中に「なんてひどい」と哀れみの目を注いてもらったから、それで味をしめたんじゃないか。
だから、退院して薬が抜けてからも、同じ演技を続けたのでは・・・。
理由は、まだこころの傷が癒されていなかったからだ。
まだまだ人に、「なんて可哀想に」と言われる必要があったのだ。

そこまで考えて、「たぶん、これが真実じゃないか」と思った。
これがいちばん、合理性がある説明だもん。
しかし、どっちにしても、暗い時代だったな・・・、両親に迷惑をかけて、わたし自身、記憶がなくて。
思うけど、精神病院はあんまりボロイところは行っちゃダメだよ。
患者を薬漬けにして、メロメロにしといて、勝手に放り出す医者なんて、まだいるかもしれないんだから。
そういうのに当たっちゃった不幸っていうのは、確かにあるね。


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二つの顔をもつ彼女

kamen2

「そうか、わたしって、解離性障害・ヒステリーだったのか・・・」
昨日考えていて、すると当時付き合っていた恋人Sは、このことをどう見ていたんだろうと思った。
母は、わたしをデートに送りだすとき、「こんなひどい有様の娘を、いつも連れていってくださって、ありがとうございます」とSに言っていたらしく、「Sさん、よう連れ出してくれたわ」と、いまでも彼に感謝している。
しかしあの頃、もしわたしがヒステリーのために、親の前でだけ、悲惨なヨロヨロの知的障害者を演じていたとしたら?

もしかしたら、こういう光景が繰り広げられていたのかもしれない。
Sがまず、実家から初めて、わたしを連れ出そうとしたとき、実家から出てくるわたしが、いつもとまったく違う人間なので仰天する。
しかし、車の中に入ると、ケロッともとのわたしに戻ったので、「なんやこれは?」とあたまにハテナマークを飛ばしながら、デートを終える。
しかし、次のときも、家から出てきたときのわたしは別人で、怪しく見ていると、またもや車の中でケロリと豹変する。
「なんやこれは??」彼は、デート中もわたしを観察するが、おかしいところはどこにもない。
3回目、予想していた通り、やっぱりわたしが知的障害者でヨロヨロ歩く、見るも無残な恰好になっている。
「たぶん、次に起こることはわかってるんやけどな・・・」とSがわたしを見守っていると、またしても車に乗りこんた瞬間、ケロリと何食わぬ顔でシートベルトを締めているわたしがいる。
その瞬間、彼は「心の病気や!」とピンと来る。
「たぶん、家のなかになにかあるんや」

でも、どうやら親と関係があるようだから、彼から親へは言い出せない。
「いつも、こんな姿の娘を連れて行ってくださってすみません」と言われたら、ニコニコしているしかない。
しかしその後、数ヶ月間で悲惨な容貌は消失したので、彼が安心して一緒に歩いていると、ひどい歩き方をしている精神障害者を見つけたわたしが、「あれすごいね」と言う。
そこで彼は、「あんたの方がすごかったで」と、こっそり祝福も込めて意味深に笑う。
実際にこのシーン、あったんだよね。
なんか、符号が合うな・・・。
Sからすれば、「違う、そうじゃなーい!」というところがあるかもしれないが、仮説としては成り立つ。

どっちにしても、Sは「治ってよかった」と思ってくれたんじゃないかと思う。
わたしに何が起こっていたのかは、たぶん100%わかっていないものの。
「あれっていったい、何やったんかな?」「ただのうつ病じゃないことは確かや」
ってところかもしれない。

なんかわたしって、あちこちややこしい症状を出して、両親を始め、たくさんの人に迷惑をかけたんだな。
とはいえ、人の心を、自分で制御できるなんて考えは、おこがましいと思うんだよね。
解離性障害・ヒステリーは、自分が壊れないために勝手に出るんだし、ほかの心の病気でも、どういうメカニズムでそういうことが起こるのかわからない。
周りの人にはお騒がせするんだけど、あれもこれも、自分が生きるために自動的に脳がやるんだね。
あんまりそんなもののお世話になりたくないけど、それに頼って、わたしはとりあえず生きながらを得たんだと思うと、ありがとうっていう気もするな。
 

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末期ガンの父の存在感

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今朝、末期ガンの父が、母に付き添われて病院に行った。
彼は昨日から、液体も駄目で、飲むと吐きそうだという。

「食べられない・吐きそうになる・吐く」・・・。
わたしは、末期ガンの教科書通りだと思った。
これから、食べても食べても吐く、という状態になるんだろうか。

最近は、3度の食事も、母とわたしは二人で行っている。
二人だけの食事は、簡素だ。
いままでは、食いしん坊な父のために、母は多すぎるおかずをつくっていたのだが、いまは2品くらい。
昼食に至っては、近くにできたコンビニに「なんか適当に買ってこよう」と、母から言い出す始末である。

でも、コンビニで品を選ぶときの母は、なぜか楽しそうだ。
だいたいは、わたしと一緒にいるときは、嬉しそうにしている。
わたしが、病気のため暴れなくなったから、喜んでいるのかな。
そして、これから来る二人生活の、シミュレーションをしているのかな。

父は、話すのはふつうに話していて、不思議とそう弱っているふうにもみえない。
でも次第に、母とわたしとの間に、距離ができているように感じる。
生きる人と、死ぬ人の。
だんだんこの人は、べつべつのところに離れていくなと思う。

トコトコと、コンビニへ歩いて、ボーッとしながら考えた。
「父親はもう、違う世界に住んでいる。これから母と二人、これがふつうになっていくんだな・・・」
「昼食がなかったらコンビニへ行って、適当なものを買って、いいかげんな食生活。二人だったらこんなもんだよね・・・」

たぶん、わたしも母も、父がいなくなったあとの生活のイメージを持っている。
余命宣告がだいぶ前だったこともあると思う。
昨日、ふとわたしが、父の身体が透けているんじゃないかと思って、チラッと彼を見たが、当然そんなことはない。
でも、この存在感の薄さは、やっぱりもう去っていく人という感じがしてならないのだ。


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過去の苦い経験

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昨日はまた、過去の苦い経験を思い出してしまった。
繰り返し、繰り返しだが、病気になってから、親友たちが去っていった経緯を、再びである。

「どこが悪かったって」
わたしは考えた。
「どこも悪くない。進学も就職も、わたしはどの選択も誤ってない。最後の、理学療法士の学校も授業システムがひどかったけど、あそこは自分が高齢だから、就職のために、偏差値の高い学校であることが必要だと考えたから。つまり、わたしはたんに落とし穴に落ちただけ」

そして、落とし穴に落ちる前のわたしを思い出そうとした。
でも、もうあまり思い出せなかった。
「いまよりずっと、しっかりした人間だったような気がする」
あの頃は、なにをしても人から非難されることなんかなかった。
ふつうにしていれば、誰とでもうまくやっていけた。
あのときの自分に戻れたら、わたしは大抵のものは要らない。

次に、また将来のことを考えて、幻滅した。
最近、体調がいいから、次の障害厚生年金2級に通るのかな、という不安が湧いてきたのである。
もとの自分に戻れたら、という願望と矛盾しているようにみえるかもだが、もとの自分に戻っていないのに、中途半端に外に放り出されたら困る。
精神病は一生涯治らないとされるのに、なぜ途中で等級を落とすのかっていうと、やっぱり年金の出し惜しみをしているんだろうな。
おかげで、わたしのこれからなんて、まったく予定が立たない。

わたしが最近、信望しているアインシュタインは、「幸福な人は、現在に充分満足していて、未来を考えていない」と言ったそうだが、それでいくと、わたしは全然幸せじゃない。
現在には満足していないし、よくない未来のことばかり考えている。
でも思うんだけど、アインシュタインみたいな特別な人って、ふつうの人より幸せを掴みやすいんじゃないかな?
ナチスから逃れてアメリカへ渡航できたのも、尋常じゃない優秀な頭脳があってこそだろう。
彼の言う通りだとすると、障害者は全員、幸福になれないってことになる。
障害者なんて、全員現状に満足していないんだから。
強がっているだけ。これはほんとうの話。

障害を負うってことは、一生幸福になれないってことなのかな。
まあ近いだろうな・・・。
健康だったときの自分を追い求めて、きっとずっと生きていくんだろうな。
運命って、残酷だな。
この事実だけは、何度も何度も波のように打ち寄せてきて、わたしを無力にさせる。


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冷酷人間

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昨日、いつも通りに母と散歩へ出かけたら、母は野良猫を見て、「かわいそうやねえ」と言う。
この人は、野良猫を見ると、いつもそう言うのだ。
だけど、わたしから言わせれば、猫は自然界の掟に従って生きているのであり、お互いテリトリーをつくり、策略を張り巡らせて競争している動物である。
かわいそうなんて言葉は、どこからも出てこない。

ところが帰ってから、彼女はその話を蒸し返し、思い出したかのように、「あんたって冷たい人間やな」と言った。
そして連鎖的に、「あんた、おばあさんに対しても、かわいそうやとか思えへんのか」とわたしをなじった。
しかしこれはいくらなんでも、失言だった。
突然、おばあさんが出てくるのも意味不明だし、4人に1人が高齢者の社会で、「高齢者をかわいそうだと思わないのか」は、まさに愚問だろう。

わたしはあきれて、「おばあさんやからかわいそうって、何それ、失礼やろ」と言った。
向こうは、それでも「やっぱり冷たい・・・」と唸っていたが、わたしは相当あたまに来ていた。
去年までのわたしなら、きっと大暴れしているな。
母も、この1年間、わたしがおとなしいから、油断しているのだろう。
つまらんことを言うと、マジでわたしがまたキレる・・・。

しかし、「おばあさんはかわいそう→同情すべき」という発想は、どこから来るのだろう。
何十年前の価値観だ?
そこを考えると、なんか怖い。
ちょっとまえも、うちの近所のことを「村」って呼んでいたし、なんか自分が20代の頃と周りが変わっていない?
わたしは、ちょっと嫌な感じがしてきた。
この人、ヤバいんでは・・・。

じつはこういう「あんたは冷たい」のやり取りは初めてではなくて、ずっとまえから何かの折りに呪いをかけるかのように言ってくる。
まー言わんとすることは、「あんたは誰にでも冷たいんや、わたしに対しても冷たいんや、そのことわかって優しくしてよ」なのである。
鬱陶しい・・・。
わたしが冷たいのは、もともとのことで、それは理学療法士の学校に行っていたときに、つくづく実感した。
とても優しい人のまえでは、どんなに頑張っても、わたしはあのようにはなれないと項垂れる。
ああいうのを、わたしにやってくれと言われても、本気で無理なのだ。

わたしは、母が寝たきりになって、わたしが世話をしているのに、彼女にあんなふうに「あんたは冷たい」と言われたときのことを想像した。
・・・・・・虐待とは言わないが、かなりやるだろうな。
恐ろしい・・・。
なんといっても、わたしのあたまは普通じゃない。
狂っているのだ。狂人に身をまかせる善良なお母さんなんて、いないかもな。

だから、最終的には別れた方がいいのかもしれない。
正直言うと、いまだって経済的理由と猫の問題がなければ、あんな鬱陶しいことを言われたら出ていくよ。
暑苦しい親子関係は、思春期くらいから大嫌い。
頼むから、わたしにすり寄ってこないでって感じ。


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障害と貧困の日々

osaka_jo

昨日も今朝も、自分に疲れ果ててしんどい。
過去も未来も、わたしにとっては重くて、とても辛い。

なぜ、未来にこんなに絶望的になるって、やっぱりお金だろうな。
母は、「そんなもの、そのときになれば、制度が変わったりして何とかなるよ」と言うが、わたしは普通の人じゃないから、ザルから洩れそうな気がするのだ。
お金がないとなれば、マンションを売って賃貸に移動しなければならないわけだが、賃貸って精神障害者は嫌われるんだよね。
もうすでに生活保護を受給している障害者は、貸してくれるところもあると思うけど、そうでない障害者はどう考えても厳しい。
どうなるんだろう、わたし・・・。

加えて、母の介護問題がある。
パッタリ亡くなる確率の方が少なく思えるから、少しはそういう期間があると考えた方がいいかもしれない。
しかしいまでも、自分一人ぶんの家事がギリギリアウトだと思うのに、二人分なんてできるはずがない。
介護サービスは受けにくくなっているというし、この傾向はこれからますます強くなるだろう。
わたしは、その惨状を想像してゾッとした。
食事もまともにつくれず、掃除も拒否して、倒れているわたし。
ヘルパーが「大丈夫ですか?」と言うが、救急車を呼ばれたら困るので、「今度、病院に行きますから」と呻いている。
母はそれを、困ったようにボーッと見ている。・・・

精神障害者って、全員に言えることだと思うけど、とても疲れやすくて持久力がないんだよね。
それに追い打ちをかけて、症状が波状攻撃をかけてくる。
だから、ほんとうにわがままとかじゃなくて、生活できないんだよ。
少なくとも、精神障害2級レベルの患者はそう。
「日常生活が援助なしではできない」という基準なんだよね。

いまのわたしを見ていたら、ほんとうになんの趣味も興味も持たず、ただ一日ボーッと過ごし、人とのコミュニケーションもほぼなくて、「ほんとに精神障害者だな」と思う。
母が動けなくなるうちに、好きなところへ行っておいた方がいいのでは? と考えたが、「行きたいところってどこ?」と思ったら、とくにないのだった。
唯一、大阪城公園に行きたいかもと考えたが、次の瞬間「遠いやん」と廃案にした。
こういうのも、精神障害者の特徴の一つで、気力がなさ過ぎて、あちこち行く元気がないのだ。
このままだとわたしは、母が元気であろうとなかろうと、どこにも行かないんじゃないかという気がする。

障害に加えて貧困。
これって、一般的に考えても苦しいよな。
わたしが悲観主義者だからなのかもしれないけど、生きていくのが辛い。
だけど、自殺しちゃった身体障害者の友だちには、「なんで死んだん?! 声かけてくれたら、力になれたかもやのに!!」とわたしは必ず言うから、光がさしてくるのを我慢強く待つしかないんだよね。


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変わっていく交友関係

ocha

昨日もずっと、憂鬱な気持ちで考えごとをしていた。
その合間に、漫画「美味しんぼ」をパラパラしていたんだけど、そのとき、登場人物たちが、座敷で宴会しているシーンに目が留まった。

「元彼Sちゃんちの母屋は、50人で宴会ができるって言ってたけど、たぶんこのくらいの広さはあるよね?」
すると、連鎖的に「玄関の広さもこのくらい?」「お母さんが住んでいる部屋はあのへんかな?」「こんな感じの和風庭園がある?」と想像してしまって、結論的に「それって御殿じゃん」なのだった。
御殿っていうか、旅館と言い換えることもできるな。
わたしはこんなに貧困なのに、世の中には、こんなに裕福な人がいるんだ。
もちろん、裕福だって負債を抱えていれば、それほんとうの裕福かっていう話になるけど。

最近、Sちゃんはお父さんが亡くなり、名実ともに一族の当主となった。
だから、次々と人が現われて忙しいらしい。
「葬式に呼ばなかった人が何人も来るから、休みがないのよ」と言う。
「それ、いつ終わるの?」
「わからん」

わたしは、今年中はまず絶望的だなと思った。
Sちゃんは、唯一わたしを外に連れ出してくれる人なのだが・・・。
でも先日考えたんだけど、この人をあまりあてにしてはいけない。
わたしにとってSちゃんは、なんでも知っている辞書で、よいことを教えてくれて、尊敬している人だが、それ以上ではない。
向こうにとっても、わたしのことは、たまに食事に誘ってあげて、楽しく会話をすればいいキャバ嬢なのである。
あんまり期待したり甘えたりすべき人間じゃないんだよね。
でも、Sちゃんは大人だから、突き放したりしないので、どうしても困ったときは、頼ってしまうという形になる。

だけど、これからはどうなるんだろうなと思う。
わたしがもし、Sちゃんにかまってちゃんをしなくなったら、Sちゃんは忙しさのあまり、わたしのことを忘れてしまうんじゃないだろうか。
あっちは仕事も当主も孫もあって、大変なのだ。
他人に目をくれてやる暇なんかないような気がする。

わたしは、しんどい想像をしてしまって、考えを進めた。
「でも、数年前の自分の交友関係を見てみ? いまとやっぱり違ってるやん。いまのまま、数年先までずっと一緒ってことはないよ」
そうだな、と自分に慰めるように思う。
このままの人間関係で、3年後にいるわけがない。
こういうのって、あまり自力で変えようとしたりしない方がいいんだろうな。
ひたすら、巡り合わせみたいなものを待つしかないんだろうな。


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緑色のものを吐く

toire

昨夜夕食時に、末期ガンの父がトイレに入り、ゲーゲーと吐き始めた。
わたしと母は、しばらく様子を見ていたものの、やがて母が「背中叩こうか?」とトイレに向かって言った。

「叩いてくれ」と父が言う。
母は水を流しながらトントンとやっていたが、なかなか収まりそうもない。
「ここまでひどいのは初めてや・・・」とわたしは思いながら、手伝うこともないので、そのままサンマを食べていた。
まえにも一度、いきなり大量の水を吐いたらしいが、そのときわたしは、マンションにいて様子を知らなかった。

一通り、落ち着いたところで「大丈夫?」と声をかける。
「ムカムカしてたん?」
「もう朝からずっとじゃ(大分弁)」
「・・・」
「胃から下へ、食べ物が下りていかんのじゃ」
「胃が蠕動運動してないのかな。でも、胃壁から栄養を吸収するから、胃にものを入れるのは無意味じゃないよ」
わたしは、平静な顔でもガッカリしているんだろうなと思って言った。
母は、心配そうに黙っていた。

父が2階の自室へ消えてから、母とわたしは向かい合って、「お父さん、ひどくなったらどうしよう」という話をした。
「吐いたもの、緑色してたわ」
「脳腫瘍の人、緑色を吐くって聞いたことあるよ」
「そうなん? やっぱ同じガンやから・・・。困ったなあ、どうしよう」
わたしもいよいよ、闘病が佳境に入ってくるのかなと思って、ちょっと目がくらんだ。
想像できない。だんだん弱っていく父の姿を見るのは、辛いだろうな。

「正月までもつかどうか・・・」と母が言ったとき、関係ないけど、わたしは「そういえば、年末・正月に亡くなる人って多いよな」と思った。
これってもしかして、みんなが「せめて正月までは」という感じで、気力で生きるからじゃないだろうか。
気力で、生き延びれることってあるのかな・・・、あるかもしれない。
年老いた父を、少しでも長生きさせようなんて思っていないけれど、たとえば「これがあるから生きたい」というものがあれば、寿命を長くすることが可能かもしれないな。

いまの父は、「楽に死ねればそれでいい」という考えである。
いまからすでに、モルヒネの湿布を使うことを積極的に考えている。
いよいよ最期か・・・、って思うとき、人間はどんな心境になるんだろうな。

とはいえ、闘病はまだまだ続くのである。
この数か月間、父が辛いのは当たり前だが、わたしも頑張らなくちゃな。
自分のことでへこたれている場合じゃないんだよね、ほんとう言うと。


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造り手とファンとの乖離

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朝、起きるときにものすごくしんどいので、もしかしたら低血糖なのかもしれないと思い、アイスクリームを2つ食べた。
そのときに、テレビに「ハルキスト」という言葉が出てきたので、「なんだそれ・・・」と言葉のセンスの悪さに、眉をひそめてしまったのである。

画面からいって、村上春樹がノーベル賞を受賞する瞬間を、みなさんで待機している感じだった。
母校の人たちならまだわかるんだけど、ハルキストやらが集まっているんなら気持ち悪い!
サッカーの試合じゃないんですよ。
みんなでワーッて喜んで、余韻に浸りたいのかな・・・、こういう人って、自分一人で喜べないという理由で、誰か志が同じ人と、騒ぎたいだけだろうと感じる。

当の村上春樹も、たぶんこういうのは嫌いなんじゃないかな?
「自分の本を読んでくれるのは嬉しいけど、こうして優勝の瞬間を心待ちにされるなんて、俺はサッカーチームじゃない」とか思っていそう。
ほかの作家さんたちも、だいたい同じなのでは・・・。
彼らは、人を見抜くのが仕事だから、わたしが言うようなことは、とっくにわかっているはずだ。
想像するに、みんなで賞を祝って、ワーイ! ってなっても、目の端で要らないものが入って、「ン? この人たち、ほんとに俺のために祝ってんの?」なんて、気にしてそう。
作品に対して神経質なのは、どの作家も同じだと思う。

それで思い出したのが、芥川賞芸人・ピースの又吉さんである。
この人は、芸人だという特別な理由で、みんなに騒がれてしまったが、本人的にはどうだったんだろう。
わたしは、ちょっと腹を立てていた部分もあったんじゃないかなと予想する。
「俺の書いた本、読んでくれて嬉しいけど、変な読み方をしたうえに、わかったような意見押しつけてくる奴がいて、たまに不愉快だな・・・」くらいな感じ。
作家って、おそらくみんな純粋に、「自分の本をみんなに読んでほしい」「感想が欲しい」だろうけど、物知り顔で批評してくるヤツって、とことんムカつくと思う。
有名人だけに、そういうのが多かったかもしれないな。

さて、ぼーっと考えていたら、もう一つ思い出してしまったのだが、これは作家でなくミュージシャンだ。
あの、小田和正さんである。
彼が言うには、コンサート時、「あれだけはやめて欲しい」というファン恒例の習わしがあって、それは「変な手拍子を打つこと」であった。
なんでも、「愛を止めないで」で途中でリズムが変わるときに、「パン・パパン」になるそうなのだが、これがミュージシャンとして嫌でたまらないそうである。
わたしだって、そのシーンで「パン・パパン」はひどいと思う・・・。
わたしなら、「俺の音楽、わかってない!」とまでは思わないが、「ああ・・・みんな、その程度なのね」くらいに脱力はするかな。
とにかく、作家だのミュージシャンだのが、ファンに対して「なんとなく、どっかな・・・」と思うところってあると思う。

まーそんな感じで、造り手とファンの間で、乖離が生じることって、しばしばあるんだろうな。
そう考えると、なにかに熱中しすぎて、それそのまんまが人生になるっていうのは、リスクだな。
アイドルなんか、まさにそうか。
わかっていて騙されているんだらともかく、本気で騙されている人は、やっぱり危ないな。


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気分障害の波



昨日は診察日だった。
H主治医がどうですか? と聞くので、わたしは「また、将来の不安が出てきました」と言った。
「まあそれはね、いざとなったら生活保護もあるし、ご両親も少しは財産残してくれるやろ」
「そうですね。負の財産がないからいいですけど」

そんな話のあとで、先生は 「最近はネットで、出会い系などしてませんね」と事務的に言った。
そこでわたしは、ハイと言わなかった。
なぜならわたしは、出会い系のサイトに入ったことはなかったからだ。
代わりに言ったのが、これだった。
「気力がなくて、もうそれどころじゃないです。電車に乗ってどこかへ行こうとしたけど、結局いま、電車なんかとんでもないって感じです」
すると先生は言った。
「電車に乗れないのに、ここまで来て頂いてありがとうございます」
「いや、ここはルーチンワークですから」(←ケロリ)

たぶん、先生の頭の中では、「この患者は、A型作業所を勧めても行かない、自分で決めた通勤電車リハもしない、まったく口先だけだ」と考えているに違いない。
さらに、「こっちが言った皮肉も通じてない。出会い系サイトもまた入るだろうな」 と思っているんだろうな。
もっとも、先生の優秀な頭脳は、遠心分離機で見えないので、この予想は外れている可能性もある。

その後、どんな1日を過ごしているかの聞き取りをされたが、つまるところ、一日中何もしていないということを、カルテに書かれただけだった。
たぶんこの、日常生活の過ごし方は、障害年金の診断書作成にあたり、重要な部分であると思われる。
なぜなら、障害年金の等級を決めるのは、症状の重さではなく、日常・社会生活に、どれほどの困難があるかが指標となるからだ。
だからといって、もちろん嘘の申請はいけない。
嘘の申請をしている人もいるけど、たぶん目利きの 先生の前では、バレているだろう。
しかしわたしの場合は、何もかも正直に言っているがために、先生に嫌われている気がする。
仕方ない・・・。

とりあえず最後は、にこやかに診察が終わったので、まーわたしの体調は、良いということなんだろう。
そりゃ頭の中が、活火山のように噴火して、暴れ狂っていた頃に比べると、いまは凪のように穏やかだ。
一日中、何もしないバカになっているけれど、こっちの方が健全だよね。

それにしても、いつになったら、やる気が戻ってくるんだろう。
自分の気分が、コントロールできない、まさに気分障害ってやつだな。
普通の人は、「そんな波は、自分にもあるよ」って言うけど、じゃあなんで病人は、精神科で「就労不可」の診断が下るのか、少し考えて欲しいと思うんだよね。
わたしは昔、健康で楽しかった頃みたいに、ずっと凪でいたい。
そうすれば、いろんなことができるようになると思うのに。
死ぬまでに、そんな極楽を再体験できたらなって、ときどき虚しく考えるんだよね。


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母親アレルギー



昨日は診察日で、わたしは帰りにマンションに泊まった。
するとしばらくしてから、ある異変に気がついたのである。
「ネバネバした唾が、元に戻ってる!」

この春からわたしは、急に自分の唾がやたら粘り気のあるものになり、しょっちゅうそれを飲み込んでは、しゃべりにくい状態にあることに辟易していた。
調べてみたらそれは、交感神経が優位にあることが原因のひとつと考えられることがわかった。
交感神経・・・、興奮・緊張状態にあるということだ。
わたしはそれを思い出したとき、一瞬で「母だ!」とわかった。

自分のマンションに入ると、わたしはとてもほっとする。
母の存在がないというだけで、肩の力が抜けるのだ。
なんてことだろう・・・。
だけどわたしが、ここまで母を嫌っているとは知らなかった。
あの人の前にいると、まるで針のむしろなのだ。
なぜだかわからない。
もう子どもの頃からなのだ。

それに加えて今後、介護問題が出てくると、どうしてもわたしは、この人のために自分の人生を捧げなければ、という義務感を背負わされる。
わたしにとって、母はさらに脅威となるわけだ。
世間の人たちは、そんなこと言ってないで、しっかりしなさい、と言うかもしれないが、障害者の日常生活って、なかなか生易しくはない。
自分にヘルパーが要るぐらいなのに、どうして二人分の家事ができるだろう。
わたしは、それらのことを考えて、わ~、ダメだ! と頭をかきむしりそうになった。
逃げたい! 
いますぐ母から逃げたい!!

しかしいまは、末期ガンの父がいる。
猫だっている。
いますぐはダメだ。
それに、貯金のことはどうなるの?
あんなに将来のことを悩んでいたのに、早々に一文無しになるつもり?
でも、母が死ぬまで、ずっと一緒というのは無理だとはっきり分かる。

それでわたしは、あ~どうしよう、と悩みまくっている。
元彼Sちゃんか、H主治医に相談したい!
でも先日わたしは、自分のことは自分で決めろ! と決断したばかりなのである。
いままでは、人に頼りすぎた。
しかし困ったことに、双極性障害の症状として、人生にとって取り返しのつかないような、誤った決断をするというのもある。
自分に自分の座標軸がないというのは、とてももどかしい。
わたしはこうやって、一生誰かに何かを聞いて回らなければならないのか。

数日前に、何かを読んだら、「人生は決断していくものだ」とか書いてあったけど、わたしはそんな、頑張って決断したことなんてないけどな、と思った。
もう絶対こっちでしょ、っていうのが、たまたま当たっていたのかな。
病気になったいまは、どうなんだろう。
実家にいて、母親のもとで安穏と暮らしていれば、貯金は減らないが、心身が辛い。
自分のマンションにいれば、心身ともに楽だが、貯金がなくなって将来がきつい。
どっちを選べばいいんだろう??
ここは、重要な選択肢だ。
やっぱり、病気で正常な判断力を失っているわたしが、一人で決めるべきことじゃないかもしれないな。
最終的には自分が決めるにしても、時間をかけた方がいいような気がする。

母は、病気になったわたしを、ほとんどあてにしていないが、だからといって全然というわけでもないらしい。
しきりに、グループホームを口にしているが、その口の端から、「劣悪な環境だけど」と一言多い。
そんな風に説明されて、誰が「じゃあ行ってください」と言えるだろうか。
わたしが母についてしんどいのは、そういうところも含めてなのである。
なんだかとても、未来が暗い。
いままでは、自分の未来は、先へ向かって開けていたのに、これからの未来は、先へ向かって閉じているような気がする。
その閉じた世界の中で、いまわたしは、将来が見えずに苦しんでいるのだ。


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もとの自分に戻る

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昨日は、母親へのアレルギー症状として、唾液のネバネバ感以外に、もう一つ発見してしまった。
それも、この5月から始まったもので、症状は、簡単な単語・フレーズが出てこないというものである。
急に始まったので、怖い病気ではないと思っていたが、このことをボーッと思案していたら、はたと思い当たってしまった。

「言いたいこと言われへんって、まさに現状やんか」
これから父親が亡くなって、母と二人きりになれば、いやが応にも、わたしは好き勝手なことを言えなくなる。
双極性障害のため、ちょっとでもきつく言うと、相手が怖がるからだ。
いままで散々、家で暴れてきたのだから、わたしは自分を抑えて、この1年間、常に母の言うことを黙って聞いていた。
でもほんとうは、それが嫌で嫌でたまらなかったのだ。
さらに母親は、不用意に自分の介護問題を持ち出し、わたしを恐怖に陥れた。
それは健常な人にとっては、なんでもないことだったかもしれないが、自分の身の回りのことも満足にできない障害者にとっては、なにもかもが上の空になるほどの大問題だった。
まるで鎖で繋がれた重い石のために、ズルズルと自分まで倒れていく姿を、わたしは想像した。
自分のたった一つの人生が、この人のために破壊される・・・。

わたしは自分のマンションで、深く沈み、考え込んだ。
どう考えても、この唾液ネバネバと、言葉が出ない症状を、一生抱えているにはいかない。
どうにかして、母親から離れなければいけないのだ。
じゃあ、お金を稼ぐしかないじゃない・・・。
A型作業所について、もう一度検討するしか、方法が見つからない。
わたしは、自分が働く姿を想像した。
すると健康だったとき、ふつうに仕事をして、帰ってきて、食事をして、風呂に入っている、楽しい自分が思い起こされた。
あーそうか、仕事は違えど、あのときの生活に戻ることが、最終地点なんだよね。
そこまで登ってこそ、初めてわたしは、「やれやれ、病気のために散々な目にあったけど、ようやく元に戻れたわ」と腰を落ち着けることができるんだね。

わたしはいろいろ想像して、これからのことを考えた。
しかしまず第一は、病床の父親のことを考えなければいけない。
この事が終わってから、すべては着手だ。
たぶん年始めあたりに、A型作業所を探すことになるだろう。
最近は、作業所の数も減っているし、うまく見つからないかもしれないが、焦らずに行こう。
ここから先は、たぶんあまり考えすぎてもいけない。
とにかくこのことはすべて、H主治医に相談しよう。

じつは先だって、元彼Sちゃんにlineをしてみたのだが、とてもそっけなかった。
もう駄目なんじゃないかと思う。
多忙なのは事実だろうけど、急速に離れていったのは、去年わたしが、将来の不安を訴え始めたときからだからね。
きっと、楽しく飲んで遊んでくれるキャバ嬢が、現実に目覚めて深刻になってしまったから、もう用はなくなったんだろうな。
とても残念だけど、でもそれだったら、いまのわたしにとっては本望だわ。
病気で、虚栄にいるわたしこそが好きな人なんて、本来のわたしからすれば不要な人だもんね。
Sちゃんにはたくさんのことをしてもらったけど、すれ違っていることが分かってしまったら、もうお互い先はないなって感じ。


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世間知らずな障害者たち



昨日は、まだ見たこともないA型作業所について、あれこれ想像してしまい、ちょっと疲れた。
数ヶ月前、電話したある事業所は、電話に出た女性が、明らかに知能指数の低い人だったので、この人が1人で、20人の従業員を束ねているとしたら、従業員同士が仕事を割り振りしてやっているんだな、つまり能力の高い人ほど損をしているだろうな、と推測せずにはいられなかった。

だいたい、身体、精神、知的の異なった3種類の障害者を全部同じにして、仕事をさせるってどうなのよ。
いちばん気の毒なのは、身体障害者である。
頭の中は、普通の人とまったく変わらないんだから。
精神だって、あまり変わらない。
養護学級にいた人と、進学校にいたわたしが、なぜ同じなんですか。
こういうことを言うと、差別だ、思い上がりだという人がいるかもしれないが、自分に当てはめてみてほしい。
いままで身につけてきた教養を、すべて剥奪されるんだよ。
どれだけの屈辱だと思ってんの。

だからといって、デイケアに戻るのも気が進まない。
H主治医に、「なんで嫌やねん」と聞かれて、わたしは答えた。
「話が合わないんですよ」
「・・・」
「皆さんは、10代頃の発症だから、話が学校で止まってるんです」

これはほんとうのことで、ほとんどの人が、大人の会話ができない。
世間を知らなすぎるのだ。
例えばわたしが、社会に出てから経験したすべてのことを話しても、誰にも通じない。
その代わりに、「自分は〇〇高校出身だ」と言ってくる。
比較的、偏差値の高い学校が多いから、おそらく過去の栄光を、名刺代わりに差し出しているんだろうな。
でも、あとに話が続かない。
学力と、知性・経験は別だもんね。

だから障害者の世界にいると、話が通じる人が、実に少ないのだ。
わたしが、多くの精神障害者と接しているのに、友だちができないのもこのためだ。
また彼らは、積極的に友だちを作ろうともしない。
多くは、家族に守られて生きているので、どうもその必要がないらしい。

デイケアがこんな感じだから、作業所はもっとひどいかもしれないな、とわたしは思った。
身体の人も精神同様、子どもの頃から障害を持っている人と、大人になってからの人は、立ち居振る舞いが違う。
うまく言えないが、わたしが社会に出て初めてのとき、社会人たちが、学生とはまったく異なる話し方・振る舞いをすることに、びっくりしたものだ。
たぶん、あの洗礼を受けているか否かなんだよな。
身体・精神・知的が、ごった煮の作業所に、そういう人がどれだけいるかってことなんだよね。

職場って、よく言われるように、ほとんどが人間関係だから、この問題は決して無視できない。
わたしは、社会人13年目で、へんに世の中を知った状態で、障害者の世界に入ったから、どうしても障害者たちの世間知らずぶりには、辟易させられる。
疎外感があると言ってもいい。
彼らは彼らで、完結しているんだよね。
わたしがそばで見ていて、あーもう嫌だって言っている感じ。

自分がわがままを言っているだけかな、と思いつくのだが、たとえば、ブラック企業に勤めるのと、障害者の作業所で最低賃金で、大人の会話が通じない障害者たちの中で軽作業するのと、どっちを選ぶ人が多いんだろうな?
もしどっちもどっちだったら、わたしはブラック企業で、「こんな仕事は嫌だ」と言っている人と同じだ。
精神医療福祉関係者は簡単に、デイケア・作業所へ行けって言うけれど、結構キツイ要求をしていることに気づいていないよ。
ーー困ったことに、こんなことを一緒にぼやいてくれる精神障害者もいないんだから、わたしってほんとうに不運だなと思う。


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食べられない末期ガンの父

somen

昨日、マンションから実家へ戻ると、母が「お父さんが食べられないのよ」と言った。
「座薬入れてもらってるねん。食べてもすぐ吐くから」
「あっそう。・・・」
「それでも、少しは食べんとな。キャラメルとかチョコレートとかそうめんとか」
「そうやな」

わたしは、思っていたとおりの展開になっているなと思った。
食べ物が入らなくなる、食べると吐く、食べても食べても吐く。・・・
母は追い打ちをかけるように言った。
「10日前はこんなんじゃなかったで。あっと言う間に悪くなってる。スーパーに行ったら、迎えに来てくれたりしてたのに、もうそんなことは」
「10日後はもっと悪くなってるってことかな」
「・・・」
母も同意するように、こちらを見た。
ちょっと考えてから、わたしは「グレンミラーのコンサートは無理やろ。チケット売るわ」と言った。
「売れるの? 半額でも売れてくれたらええな」
「いけるよ。やっとくわ」

父はいま、一日のほとんどを、2階の自室で過ごしている。
母によると、ずっと横になっているんだそうだ。
しんどいらしい。
今日は、父のために羽毛布団を買おうという話になったから、おそらく布団が重いんだな。
わたしの激鬱状態のときと同じだ。
あれと体感が似通っているとしたら、死ぬまでそんな状態だったら、相当苦しいな。
モルヒネを使ったら、楽になるんだろうか。
そういう薬を使うタイミングって、医療サイドが数多い前例に従って、完璧に把握しているから、こちらからは声を上げる必要はないな。

わたしたちが、あとやれるとしたら、それこそ羽毛布団を買ってくるとか、物音を立てないとか、穏やかな雰囲気をつくるとか。
わたしはもうすでに、父と母・わたしは、別の世界にいるような気がしている。
言葉は悪いけれど、もう手に負えないところに行っているというか・・・。
普通の人は、それでも一生懸命看病するんだろうけど、わたしはどうもそのへんが常識外れで、たとえば「一人で天国への道を考えているのは嫌だろうから、オルゴールでもかけるか」とか、「天井ばっか見てても不安だろうから、懐かしい写真を貼るとか」などとあまり実用性のないことを考えてしまう。
でも、自分ならそうするんじゃないかと思うんだけどね。
普通の感覚を持った人のことはわからないからなあ。

とにかく、わかんないけど、オルゴールのCDを買ってみるかな・・・。
わたしはいつも、薬局で癒されているんだけどね。
なぜかあれ、同じ曲がグルグル回っていても、あまり気にならないんだよね。
うるさいから要らないって言われたら、自分で聴くよ。


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オルゴールと末期ガンの父

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そういうわけで、昨日、末期ガンの父のために、わたしはオルゴールのCDを購入した。
父はわたしが伝えるまえに、「音楽、どうなった?」と訊いてきた。

「俺が知ってる音楽がいいなあ」
「昔の唱歌とかのを買ったよ」
「そうか。・・・」

父はいま、わたしの激鬱状態と同じような感じらしい。
「寝てても座ってても、なにしててもしんどくて、助けて~って感じやろ」
「そうや。助けて~って感じや」
「風呂に入ったらどうかな。身体が浮くから、一時的に楽になるよ。着替えるのは大変やけど」
「そうやな。あとが大変かもしれんけどな」

父は、お風呂に入るのは、まんざらでもなさそうだった。
そりゃ自室にこもって、なにもせず、一人でしんどさと闘っているのは辛いよ。
早く、オルゴールCDが届けばいいけど。
でもそれさえ、もっと身体がしんどくなったときは、たぶん邪魔になると思うけどね。

じつは昨夜、父は就寝後、ちょっと吐いた。
同じ2階にいたわたしが母を呼んで、母が背中をさすり介護して、猫とわたしがそれを応援していた。
父は落ち着いたあとで、「ああ、みんな集まってくれたんやな」と言った。
まあ、確かに大集合だったけど・・・。

たぶんこれから、こういうことが多くなっていくんだと思う。
それにしても、母が言うとおり、日に日に状態が悪くなっていくな。
父自身が言っているが、「今年いっぱいはもたない」という様子は否めない。
わたしにはなにもできないから、オルゴールCDのあとは、アロマセラピーでもやってみるか・・・。
リラックスにはラベンダーがいいんだよな。

あとは先の話になるけど、わたしは意識がもうろうとしていても、患者さんって、ちゃんと外の声が聞こえていると思っているんだよね。
だから、ふつうに声をかけるつもり。
それは、「お父さん、頑張って!」とかじゃなくて、たまに行って「オルゴールでも聴く?」くらいだけど。
やっぱ最後まで必要なのは、「ふだんの家庭」ってやつになるのかな。
わたし自身だったら、日常のなかで自然と終わっていくのが、いちばん楽だけど。


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末期ガン父の容態の波

suinomi 
昨日の父の容態は、ますます悪かった。
しんどいと言って、ほとんど起き上がれない、食べられない。
わたしは、父が自分で言っていた「年内まで」というのは、もしかしたらもっと早まるのではないかと思った。

父の姿を見ると、さすがにかなり痩せている。
そりゃ、これだけ痩せたらしんどいだろうな・・・。
しかし、胃がパンパンなので、物理的に液体も入らないそうだ。
水分は、点滴で補充している。

昨夜、わたしと母は相談した。
「あんなにしんどいのが、日に日に悪くなっていったら、本人は大変やろ」
「もう、痛み止めに使うパッチを使ったら・・・、痛みとしんどさは一緒なんかな?」
「一緒かもな。明日、どうするか本人に聞いて決めよう」

しかしこの話し合いのあと、母は気になったのか、すぐに病院に電話した。
「看護師さんが・・・。だから明日、病院に行かんでいいって」
これだけの話なら、「看護師さんが来てくれるから、わざわざ病院に行かなくてもいいことになった」って、誰もが受け取るんじゃないいだろうか。
しかし、彼女が言いたかったのは、「看護師さんが言うには、パッチはうちの病院では扱っていないから、それはなし。それより、心房細動の薬は、明日病院に取りに来なくていいですよ」ということらしかった。
ナニ?? なんであの話し方で、これが通じると思うの??
この人のポカーンぶりには、しばしば腹を立てさせられる。

今朝、それで言い争いになりそうになったが、父がいたので双方沈黙。
父は、昨日と違って具合がいいとのことで、よかった。
まあ、しんどいなかでも、少しでも楽なときがあればね。
しかし、緩和ケアとはいえ、楽なばかりじゃないね。

注文していたオルゴールCDは、今日届くと思う。
じつはあのあと、アロマオイルも買ったんだよね。
うちは日本家屋で狭くて暗くて、なんか気分まで落ち込みそうだからね。
ちょっとでも爽やかな雰囲気の方が、いいんじゃないかと思っているんだよね。


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ふつうになれなかった自分

kasa
雨がもう一週間も続くせいか、とてもしんどい。
朝起きて、食欲のないわたしは、いつものアイスクリームを食べる。

あたまが暇なのか、またいつもの、「障害者になってしまった、わたしのただ一つの人生」について考える。
なってみたらわかることだけど、障害者って、いまも昔も世間から外されて、世の片隅に追いやられる。
だから、だんだん孤独になって、周りに人がいなくなる。
でも、自分が悪いわけではまったくない。
少なくとも後天的な障害者は、「なぜこんなことに」と、繰り返し自問自答する。

わたしは、朝起きたときから、数えきれないほど考えた、そのうんざりする命題に囚われ、こんなの一生続くんだろうか、と絶望した。
なんで自分が、精神病で障害者?
わたしはふつうに大学を卒業して、ふつうに仕事もしていたのに。
ふつうの人たちと交流して、ふつうに自立していたのに。

わたしは、病気になったとき、人生がまったくふつうの人と同じにはいかないように、決定づけられたのだ。
どんなに身をよじっても、これは動かない。
一般企業でのクローズド(病気を隠して働くこと)はドクターストップがかかっているし、障害者の作業所で働くには、多くのプライドを捨てなければならない。
大学の同級生に、「作業所」という言葉を出しただけで、「えっ、やめて」と言われたくらいである。
「作業所」という名前が、ふつうの人たちに、どんなふうに思われるか、わたしも健常者の時代のことを考えると、よくわかる。
なんだか、薄汚い障害者が、ノソノソと作業している場所だ。
でも、実際もあまり変わらないかもしれない。

やっぱりどう考えても、自分の身の上が、不幸な気がしてならない。
同窓会で、「出向になった」と自嘲していた同級生のことを、「幸せな人だな・・・」と思う。
わたしは誰にも言えないけれど、みんなが「えっ」と驚く作業所に、生活のために行かなきゃいけないかもしれないのに、これが同じ教育を受けてきた、同じ仲間だろうか。
あまりに、遠い・・・。
わたしがこんな試練を受けなきゃいけない理由って、なんだろう。
これまで、つぶしてきた17年間の闘病の日々って、わたしにとって意味があるとは思えない。

たった一度の人生が、こんなになるなんて。
でも、そんなことを健常者の誰に訴えても、うるさく思わるだけだ。
誰も、訳のわからない不幸話なんて、聞きたくないもんね。
だから、ますますわたしの孤独感は深まるのだ。


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離れザルの気分

bananamonkey

昨日も、だるくて仕方なかった。
現在の空虚感と、絶望的な未来に耐えられない・・・。

大多数の人が持つ悩みならば、横を向いてそれに習うが、障害者は別だ。
障害者同士でも、条件が違う。
同じケースというのがないのだ。

わたしでいうと、へんに財産を持っているところが、大抵の精神障害者と違う。
ふつうの精神障害者は、発症年齢が早いため、自分自身の財産を持っていることは少ない。
だから多くは、あっけなく生活保護を受給したりするが、わたしの場合は、意地とプライドがあるのでそうはいかない。
生活保護を受給するには、財産がないことが条件だが、健康だったとき、一生懸命働いて、節約してお金を貯めて、自分のマンションをようやく手に入れたのに、それを失うなんて簡単に受け入れられない。

それに、生活保護の生活なんて、世間で言われているほど、楽ちんではない。
ケースワーカーからあれこれ指図され、人間扱い扱してもらえず、少なからず社会的人権と自由を奪われる。
それにいまは、生活保護って市民権を得ているけど、昔だったら、障害者と生活保護ってセットじゃん。
「世間の隅の恵まれない人たち」で、ひとくくりにされる最底辺だよね。
そんな存在に自分がなるなんて、プライドがあったら耐えきれないでしょ。

だから、わたしは憂鬱になるのである。
こんな恐ろしい悩みをわたしが抱えているなんて、同級生たちはまず一人も予想していないだろう。
みんな、「生活保護って何?」の人たちばかりである。
わたしはいつもここで考える。
健康だったときのわたしは、一つも間違った選択をしていなかったのに、なぜこんなことになるの? というどうしようもない敗北感と怒りと悲しみである。

「死にたい」という言葉は嫌いなので、そんな初心者みたいなことは言わないんだけど、「早く死なないかな」くらいは思っている。
この病気に罹った人は、けっこうな割合でそう考えているんじゃないかな。
ヒトって、他者とコミュニケーションを取る動物だから、それができなくなってしまうと、離れザルみたいに弱くなってしまうんだろうね。
実際、双極性障害の人は、ナントカ神経症を併発することが多い。
個体として脆弱になるんだよ。
それで、毛が抜けちゃったりして、死ぬまでコソコソ一人で隠れていたりするんだよね。
それがわたしなんだろうなと感じて、やっぱり「早く死なないかな」と思う。


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台風の日

taifu

昨日の大阪はやばかった。
台風で、真っ暗闇の夕方に、避難勧告が出されたのだ。

夕ごはんの支度をしていた母とわたしは、「どうする?」という話になった。
外はすでに、土砂降りの雨である。
近所の人たちが心配になって、どうする? お宅はどうする? と言い合っている。
どうするも何も・・・、うちの近所の避難場所は、すでにいっぱいらしいのだ。
いったいどうなってんの?

結局うちは、病身の父が動けないということで、「家にいるしかない」ということになった。
そして近所の、どうせ避難場所がない人々も、「家にいよう」ということになった。
それにしても、緊急警告、あれはちょっと大袈裟なんじゃないだろうか。
東京でミサイルが落ちる云々って言ってたときも、「朝から起こすな」って怒っている人がいたよね。
ついでに言うと、今朝6時に寝ているときも、今度は「警告解除」のアラームが鳴ったよ。
うるさいんだって。解除のときは、静かな音でいいんじゃないの。

病身の父によると、夜中の台風は風がすごくて、家がグラリと動いたらしい。
わたしも母も気づかなかったので、父は気になって寝つけなかったんだろうな。
病気で動けないときって、こういうのは不安だろうな。
しかし父は、「マンションに避難するかどうするか」という話になったとき、「俺が車を運転する」と無茶なことを言った人だから、ガンで動けないいまでも、「家族を守らなければ」という強い義務感があるんだろうな。
でも、それに対してわたしは、「車で外に出たら、看板とか飛んでくるからダメダメ!」と却下したんだけどね。
これでいいのだ。
「お父さん、無理よ!」なんて言ったら、本人はさらに自責の念にとらわれるんだから。

一夜明けて、叩きつけるような雨も去り、大阪は落ち着いた。
何事もなかったかのように、日常が戻ってくるところが、台風の呆れるところである。
わたしは秋が好きで、去年の今ごろは最高の気分を味わったので、今年も期待していたのだが、台風どころか、日本国中雨ばかりで、季節を楽しむどころじゃない。
自室の窓を開けて、青空をいっぱいに広げると、猫も布団に寝そべって空を見ていたりして、とてもリラックスするんだけどね。
まーこれから、空と雲を見て、自然の力で、しんどい精神を癒してもらえればなと思う。


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市民講座を考える。

gakufu

生きる価値のない泥沼の生活に、絶望しているこの頃だが、昨日はふと、大学の同級生が「俺はトシとったときのために、書道か絵を習おうかと思ってる」と言っていたのを思い出して、そういうの、市民講座であるのかな? と調べてみた。
すると、歴史講座と音楽講座が見つかった。
歴史講座はしんどくてダメだけど、音楽講座なら受けたいかも・・・。

しかし資格として、「音符が読めないこと」とあった。
うーん・・・。エレクトーンもキーボードも持っているわたしは、決して音符が読めないとは言えない。
これ、日にち的にも楽だし、受けられたら受けたかったけどな・・・。

だけど、これからも他の講座が出てくるに違いない。
時間は昼間だから、こういうのは高齢者が受講することが多いのかな?
まあ、高齢者でもいいよ。
とにかく、わたしは誰か社会の人と触れ合いたいのだ。

そしてなんとなく、障害者のコミュニティーの方を見てみると、やっぱりという感じで、「カレシカノジョが欲しい~」が多かった。
わたし同様、みんな世界が狭いから、なかなか外で人と知り合えないのだ。
しかし、出られる人は、外に出た方がいいんじゃないのかな?
ネットの世界で出会うということは、健常者同士と同じく、お互いがよくわからない状態で付き合うことになる。
でも現実では、重い身体障害者を、重い精神障害者は、絶対支えていけない。
ほとんどの人が、誰かの手が必要なのだから、たぶん、うまくいくことの方が少ないんじゃないかって感じがするよ。
それでも、田舎住まいの人にとっては、ネットでの出会いは必須かもしれないけどね。

さて、そんなことはさておき、わたしは自分が健常者だった頃、趣味が多彩であったわけでも、次から次へと出会いがあったわけでもないんだよな・・・、と思い起こした。
それでググると、やっぱり無趣味の社会人のためのサイトが、たくさんあった。
趣味と出会いに悩んでいるのは、健常者も障害者も同じかもね。
しかし、その趣味のなかで、わたしが「これだ!」と思うものは、いま一つなかった。
登山とか食べ歩きとか、お金がかかるんだよね。
社会人と障害者の違いは、お金があるかないかかもね。

それにいちばん困るのは、最初に戻ってしまうんだけど、精神障害者の問題は、気力がないことなんだよね。
趣味と名のつくものができなくなってしまう。
でも、わたしはなんとかしたいと思っているけど・・・。
このままじゃ、なんのために生きているのかわからなくなる!
市民講座で、なにかできそうなものがあれば、やれたらいいなと思う。


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裕仁さまの進学先

daigaku_toudai

今朝も起きるのが苦痛だった・・・。
この身体の重さは、なんだろう。
まさか、うつ期に入ったんじゃあるまいな・・・。

昨日は、ネットを見ていて嫌な思いをした。
定期的に出てくる、皇室の黒い噂である。
わたしは全然知らなかったけど、裕仁さまの進路が、筑波大駒場→東大のコースに設定されつつあるんだとか?
筑波大駒場っていったら、日銀総裁・黒田氏も卒業した学校だよな。
そういうところの学生って、当然のように「僕は官僚になります」とか言っている。
そんな超優秀エリート集団の中へ、なぜ皇族??
国民の一人から言わせてもらえれば、皇族は皇族らしくしてくださいって感じがするよ。
しかも制度を変えてまで、お受験なしで超難関校に入れてさしあげるとか、もう国民感情的にアウトでしょ。

それでわたしは、「いつの時代も、皇族・貴族が、自分たちのエゴや権力を振りかざすようになったら、終わりだよな・・・」と暗い気持ちになった。
しかし、これに追い打ちをかけて、もう一つ暗い噂を知った。
なんでも、今年から東大も、推薦入学という脇道がつくられていて、それが皇族のためである可能性があるとか?
ほんとうにこのやり方で、東大に合格させるつもりなんだろうか?
そのときこそ、国民の根深い反発を受けるよな・・・。

ああ、なんか暗い。
皇族は、いまの国民の苦しい生活を知らないわけじゃないよね??
東大だって、優秀な成績なのに、お金がなくて入れない人がいるんだよ??
税金、税金ってうるさく言う人のことは、わたしは嫌いだけど、ほんとうの皇族ならば、貧困で希望の大学にも入れない国民のことを考えて、裏口入学を自粛するぐらいでなければいけないと思う。
それでこそ、国民に尊敬され愛される皇室になるわけじゃない。

まーこんなことを書いても、べつにわたしは皇室批判者じゃない。
ただちょっと、ズルして超難関校入学とか、そんなことがほんとうに起こったら、すごく嫌だなーと思っているだけなの。
すでに貧困層に入っているわたしからみれば、日本のロイヤルファミリーが、好き勝手にし始めている感じって、ひたすら暗くなるんだよね。
人間には階級があって、下の人間は時代によっては踏みつけられる感じというかね。
いつも書くけど、わたしが思っているようなことは、すでにたくさんの人も考えているから、こういう空気はよくないと思うね。


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AI化と同級生の仕事

zunou2

昨日は、スマホニュースを見ていたら、三菱UFJ銀行が、今後ロボット・AI化を推し進め、従業員を9,500人も削減すると書いてあったので、「えっ、予想以上の早さだ!」と驚いた。
銀行とか生保は、AI化によっていち早く消えていくと言われていたが、それは10年くらい先とか言っていたのに・・・。
もしかして、AI化により、労働者の半分が失業するのは、10年20年先ではなく、もっと間近なのでは?

わたしは気になって、現存の会社のうち、どこが生き残れるか、実名をあげてあるサイトを見た。
わたしが勤めていた会社は・・・、あら・・・やばいかも・・・・・・。
こんなの予想に過ぎないけど、すごく気になる。
なぜならわたしは、その会社から、企業年金をもらわないと、老後やっていけないからだ。

それにしても、そういうサイトでウンチクかましている大学の先生たちの言いぐさには、ほんとうにあたまに来るよ。
なんでも、「仕事が減ったぶん、余暇が増えてレジャー業界が好調になるでしょう」とかバカなことを言っているんだよ。
仕事が減る=収入が減る→レジャーどころではなくなる、ってことくらい、わたしでもわかるんだけど。
それから、もっとひどいことを言っている、マッドサイエンティストみたいな人がいて、「これからはAIが仕事をしてくれるから、国民は税金で最低限の生活をすることができるのです」と楽しそうに語っているの。
もう、キチガイだよ・・・。最低限の生活って、趣味もタバコも酒も旅行もできませんよ。
これから、こういう「自分には関係ない」の人が、トンチンカンなことを言いだすのかねえ。

さて、わたしはどうあがいても底辺なので、せめて大学の同級生はどうなるんだろうなーと想像してみた。
全員はわからないけど、飲み会に集まってくる数人について。
セーフかもなのが、飲食店経営、スポーツ指導者育成専門学校、整骨院、教師。
アウトかもなのが、市役所、最近転職したばかりのスポーツ関連の人。
謎なのが、○阪ガス。って感じだろうか。
一人、わたしと同じように、不治の病に罹ってしまった人がいるが、気の毒だけど、ずっとバイトのような仕事をしている。
つくづく病気になったら、理不尽に社会生活が厳しくなるなと思う。

しかしその次に、この人たちが、「失業してしまった!」ということになったら、どういうリアクションをするだろう? と考えたら、意外と彼らは「さあ? どうしようかな」とか言って、呑気にしているような景色も浮かぶのである。
これが、「ふつうに働いて税金を納めてきた、ふつうの国民としての強さ」って感じかな・・・。
モデルケースについては、政府は、なんらかの道を用意するものだと思うしね。
それでいくと、わたしは障害者というレアケースで、どれだけ福祉が救ってくれるのかどうか。
障害者に福祉って、当たり前じゃないの? って感じだけど、たとえば市が派遣するヘルパーのなかには、やくざさんと繋がりがあって、実際怖くて使えないということがあったりする。
国は、通り一辺倒の社会資源の提供はしてくれても、なにか問題が起こったとき、どこまで責任を持ってくれるのかわからないから、100%の信頼はできないとわたしは思っているんだよね。

とまー、人間不信に近いことを書いてしまったが、これからの激変する時代に、とにかくついていくことが大事だな。
先だっては、初めてセブンで電子マネーを使ったのだが、これって確かに便利だけど、財布から次々とお金がなくなる感覚がないと、使い過ぎてしまうよ。
こんなことを言っているわたしは、もうすでに過去の人なんだろうな。
まったく、年老いた母と一緒に、勉強していかないとな。


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ベーシックインカムの世界

jitensha

ネットを見るしかやることのないわたしは、昨日もあちこち見ていたら、今度は「ベーシックインカム(BI)」という言葉を見つけた。
今さらながら、わたしはこれが何のことなのか、知らなかったのである。
まだ知らない人のために説明しておくと、これは、いまの社会保障制度を解体して、国民全員に一律、最低限の生活ができる程度のお金を支給する、という壮大なバラマキ制度なのである。

なんだか、「これって、共産圏に似ているな」とわたしは思った。
全容がまだハッキリしないけど、とりあえず、大きすぎる貧富の差は改善されそうね・・・。
常日頃、ブラック企業で働くワーキングプアの人たちのことを、ほんとうに気の毒だと思っているので、この人たちにとっては朗報だと思う。
もちろん、ほとんど全員が、経済的自立ができない障害者にとってもである。
BIによって、最低の生活保障がしてもらえれば、この層にとっては肩の力が抜けて、生きる希望が見えてくる。

しかしどうやら、この制度の最大の難点は、財源をどうするかと、働く人が減って生産性が落ちるんじゃないか、あたりのようだ。
このことについては、スイスで人体実験? をしたようだが、70%以上が反対だったとか・・・。
やっぱり、「こんなことをしたら、みんな怠けて働かなくなるんじゃないか」という心配が、人々のなかにあるのかな。
経済のことはよくわからないが、いままでの資本主義が崩れるとなると、わたしもちょっと怖い。

とはいっても、何が起こるかわからない、という恐怖を除けば、「そんなユートピアが来ないかな」と思うよ。
もちろん、高齢者や既得権益を持っている人にとっては、噴火するくらい忌々しい世界だろうけどね。
夢を語ると、知り合いに出会ったら、「最近、どうしてるの?」「うん、しばらく仕事で儲けたから、趣味のサイクリングしてるんだ」なんて、みんな仕事をしたりしなかったり、まるで「どうぶつの森」みたいな世界になっているといいな。
そうなったら、障害者や生活保護者への冷たい視線は、激減すると思う。
彼らが障害者を嫌うのは、見た目というよりも、「社会のお荷物である」ことは、彼らの罵り言葉でわかる。

それにしても、たぶんいつかはBI導入になるんだろうが、それっていつのことになるんだろうか。
わたしの都合で言わせてもらえれば、あと20年後くらいまでに、なんとかして欲しいんだけど・・・。
いつも書いているけれど、いつ、障害年金が等級落ちになるかわからないからね。
不動産を手放すまえに、なんとかして欲しいの。
でもその頃になったら、「家なんか、国が提供してくれるじゃん」って話になっているかもね。

なんだか、1年前くらいからずーっと、「将来はお金がない、わたしは生活保護に落ちるしかない」って悩んでいたけれど、母が言うとおり、制度って世の中の動きによって、いくらでも変わっていくものなのね。
彼女曰く、「そのときになれば、なんとかなるんやって」ということだったが、いまBIというとんでもない裏技が、ささやかれているのを見ると、「ほんとうだ」と母に感心せざるを得ない。
わたしが怖がりすぎなんだな。もっとドンと構えなきゃいけないな。
障害者だからって、ビクビクしていたらダメだな。


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放送大学 面白い!


昨日はBSで、初めて放送大学というのを見た。
これが、すごく面白かったのである!
高校数学から、量子力学、コンピュータなど、どれもわたしの関心をそそるものばかりで、飽きずにしっかり目を見開いていた。
知識を求めていたわたしの脳に、染み込んでいく~。

脳が気持ちいいって変だけど、そんな感じだ。
わたしの周りには、こういう話をしてくれる人がいないんだよ。
母は、テレビ・日常会話だし、元彼Sちゃんは、一人で好きなことをしゃべっているだけだし。
わたしの知識欲を満足させてくれる人やモノは、ずっと存在しなかったんだよね。
だから放送大学は、わたしはしばらくファンになりそう。

一つ、ホーッと感心したのは、これからの世界情勢についてお話しされていた先生が、番組の終わりに、聴講生たちの後ろへ回り、空席の目立つ部屋を映し出させて、「実はこれだけしか、聴講生はいないんですよ。テレビはこんなこともできるんです」と、堂々と言ったことだった。
わたしは、嘘ばっかやっている民放には辟易としているので、これぐらい言ってくれた方がスッキリする。
放送大学を見ていて落ち着くのは、ひとつには、この裏表のなさだろうな。
みんな真面目だし、専門家だから、自分の発言には責任を持っている。
これも聞いていて気持ちがいい。

そういうことで、今後しばらくは、放送大学を見てリフレッシュしたいと思うのだが、残念なことに実家にはBSがない。
BSって案外、高いんだね。
実家には、まずつけないだろうから、見たいときに、マンションに通うことになるのかな。
でも、これから寒くなるので、ちょっとばかりめんどくさいな。
見たいと言いながら見ないか、マンションにこもりきりになるか、どっちかかもしれないな。

だがつくづく思うけど、人間の知識欲って、バカにしたらダメだなー。
本能ではないけれど、これが満たされないと、フラストレーションになるのかな。
実際わたしは、知識が入ってこないので、脳みそがムズムズしていたもんな。
うつ病患者さんなんかも、わたし同様、活字が読めなかったりするので、テレビ画面から暇つぶしの勉強をするのもいいかもしれないね。


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ユニバーサルデザイン 考


一つのことに凝ると、ずーっとそれをやっているわたしは、昨日も一日中、放送大学を見ていた。
昨日は、障害者に関することもやっていた。
おっ? と思いつつ、まー通り一返倒のことだろうなと思ったら、そうでもなかったのである。

まずわたしは、ユニバーサルデザイン(UD)という概念があるのを知った。
それは、健常者や障害者や高齢者や性別などに関わらず、より大多数の人が使えるように、建築物・サービス・通信・モノなどを変える、という構想だった。
すでに、バリアフリーなんかがそれだよね。
でも、それをもっと広げていこうという考えである。

わたしは素直に、へーっ、それっていい考えじゃんと思った。
実はUDは、すでに世界各国で法整備されており、企業などで従わないと、罰金が科せられる国もあるようだ。
でも日本は予想通り、署名批准したにも関わらず、いまだ着手していないばかりか、この条約をこっそり意訳しているらしい。
この件につき、議論し合っていた講師の先生は、大げさな笑みを浮かべ、「どうしてなんでしょうね?」と堂々と政府を皮肉っていた。
放送大学、やっぱりスカッとするわー。

そして、もっと素晴らしいと思ったのが、「障害者は、環境によって作られている」という概念だ。
例えば駅で、エレベーターが動かないとき、健常者なら代わりに階段を使うことができる。
しかしもし、これが超高層ビルのエレベーターだったら?
その場合、健常者も昇降不能となり、駅で昇降できない障害者と同じになってしまう(100階を階段で昇る猛者もいると思うけど)。
つまり、環境によっては、健常者も障害者になるし、障害者も健常者になるといえるということだ。

まーわたしは、孤独がつきものの精神障害者なので、これにUDを当てはめると、たとえば公園のベンチを、電車の席みたいに長くしたら、座りやすいし、孤立感がなくなって、よりリラックスできると思うんだけどな。
椅子が増えると、4人に1人の高齢者にとっても、 助かる話だしね。
たぶん2人用のベンチばっかりあるより、6~8人用のベンチがある方が、大勢で話せるし、知り合いとか出来やすいような気がするんだよね。

そんなことで、いつも暗い過去をくよくよ悩んで悩んでいるわたしだが、明るい未来を見てみると、まあ悪い気がしないでもない。
放送大学ばかり褒めちぎっているけれど、たぶん放送大学でなくてもよくて、とにかく何か別のものを、自分の中に取り込むということが、いまのわたしに必要なのだろう。
家にばかりこもっていてはいけない。
何か工夫をしながら生きなければと思う。



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ネチャネチャ唾液


実はこの春から、唾液が妙にネチャネチャしていて、とても気持ち悪いのである。
発音しにくいし、唾をごくっと飲みこまなければならないし、ほんとうに不愉快なのだ。
だからわたしは、先日、この件をH主治医に相談してみた。

「ずっと唾液がネチャネチャしてたんですけど、この前マンションに行ったら・・・」
「それは、交感神経が亢進してるからでしょ」
「・・・着いたとたんに、治ったんですよ。で、そのとき、(実家の)母親の存在がパッと浮かんだんです」
「まー、いままで、ビールばっかり飲んでたからな」
要するに先生は、わたしが、母親のせいで交感神経が亢進しているのではなく、ビールを飲まないから、副交感神経が優位にならないのだと言いたいのであった。
先生は、わたしを治療するというより、よくできたお母さんと、できていない娘との関係を、うまくいかせたいというふしがある。

「ビール、全然飲んでないの?」
「もう飲まないと思いますよ。ほんとは付き合いぐらいは飲んだ方がいいと思うんですけど」
「付き合いぐらい飲んだらええやん。そうし」
「そうですねえ・・・」

あれほど飲むなと言っていた先生が、これだ。
その意図するところは、「理由はわからないが、母親に対して、緊張感があるのかもしれない。ビールを飲ませて、リラックスさせよう」というところか。

「飴舐めるとか、歯を磨くとか、口腔ケアとかしたら?」
「口腔ケアって、シュッシュッとかですか」
「・・・」
いまのところ、しょっちゅう唾液をゴクゴク飲んで(気持ち悪い)、たびたびお茶を飲んで、フレッシュにしている状態なので、歯磨きとか口腔ケアはやっていられない。
飴も、一日中舐めているの?
なんだか、それもなあ。

話は横にそれるが、わたしは双極性障害の他に、解離性障害という病気があって、過去には、派手なヒステリーを起こしたことがある。
心の奥底にある、「こんなに傷ついているわたしを見て!」という気持ちが、誰もがチラ見する醜悪な容貌となって現れたのだ。
しかし本人は、そのことに、まったく気づいていない。
しかも、一人になると無意識に、ケロッと正常に戻っているという、じつに奇妙な病気なのだ。
自分でもこんなの、ヘンだなぁと思うけど、この病気からいえることは、自分のほんとうに苦しい気持ちは、言葉じゃなくて身体に現れるということじゃないかな。

ということで、このたびのネチャネチャ唾液も、あまりバカにはできないと思うのだ。
なにが原因なのか突き止めて、対策を取らなければいけない気がする。
このまま放置して、万が一、ヒステリーのような社会生活に支障をきたすような障害に進展したら、ほんとうに困る。

母親に対して、プレッシャーを感じているのは事実なんだよね。
ほんとうを言うと、あまり好きな人ではないし、いままでは、父母の二人で会話していたが、父の容態が悪くなり、だんだん母と二人で会話する頻度が増えている。
父が亡くなった後、ずっと二人で差し向かいで、会話し続けるのかと思うと、とても心が重い。
さらに、心を重くしているのは、将来の介護・生活費などの問題である。
これは散々書き連ねてきたが、わたしのいまの最大の悩みだ。
このようなことが合わさって、わたしの自律神経に変調をきたしていることは確かに考えられる。
しかし、どうすればいいのかわからない。

ただ、この2・3日、マンションでボーッととしていたら、とりあえずこのように、母といる時間を減らして、うまく共存するという形がいいのかなとも思う。
どっちにしろ現時点では、マンションに独り住まいというのは、経済的に心細いわけだし・・・。
とにかく躁のときは、大きな決断をしてはいけないな。
父のガン、母の介護・生活費、わたしの自立神経失調症、なんだか乗り越えなければいけない山場だな。

思うけど、なんだかわたしって、いつも悩みばかり抱えているな。
いま考えなくてもいいことが、いっぱいあるんだろうな。
自律神経が失調して、そのことについて考えて、また悪くなるという悪循環かな。
このネガティブ思考から、どっかで脱却しないとな。



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プロフィール

由巳ゆみ.

Author:由巳ゆみ.

2000年うつ病、解離性障害と診断される。
2010年うつ病から躁うつ病と診断名が変わる。
現在は一人で闘病生活を送っている。
◆LIFE,LOVE&ごはん
  (ダイエットブログ)

◆LIFE,LOVE&PAIN
緊急避難先(FC2ブログ更新不能時)

当ブログについて

◆管理人の日記です。
◆文章の転載はお断りします。

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