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LIFE,LOVE&PAIN

双極性障害・解離性障害をもつ女性の日記。人生っていろいろあるよね。

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大晦日のしゃぶしゃぶ

shabushabu

大晦日の昨日は、しゃぶしゃぶを食べた。
母は風邪で、わたしは気分が盛り上がらないので、ぼーっとしながらである。

「お父さんがいたら、寿司食べてるかもな」と母が言うので、わたしはそんなもんかなと考えた。
いつも、大晦日にお寿司なんか食べていたっけ?

だけど、今年の粗食はほんとうにすごい。
大晦日はしゃぶしゃぶだったが、そのまえはおでん、朝はアイスクリーム、昼は食パンである。
「もういいよな?」と言いながら、わたしも母もいい加減な食事をして、まあ満足している。
もともと、行事などに興味がないのだ。
そういえば、わたしはクリスマスや誕生日のお祝いをしてもらったことがない。

食事以外は、なにもすることがないので、スマホゲーム「どうぶつの森・ポケットキャンプ」をしていた。
これ、いつまでやっているつもりなんだろう・・・。
なにかに逃げたくて、だらだらやっている感じもするな。
父が亡くなったばかりだし、自分でも心に整理をつけたいものがあるのかな。

実家にいるのは3日までの予定で、4日からはマンションで快適一人暮らしを再開するつもりである。
3日は、あの「君の名は。」を地上波で観るつもり。
映画館で観たけど、込み入った内容だから、全部を把握できなかったんだよね。
今度は、細部までじっくり楽しもうと思う!

暖かい部屋のなかで、猫と映画、考えたら幸せだな。
わたしは働けなくて、いつか極貧になることがわかっている人間だから、地味にコツコツと生活することに、いまから慣れようと思う。
外の世界は、経済的にも病気的にも、あまり出れないかな・・・。
なんか、カゴに入っている感じもするけど、それはそれで自分の運命だからって、あきらめるよりほかないんだよね。


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夕焼けにたそがれる

yuhi

昨日は、母が何気なく「堤防に座ってたら、中学生くらいの男の子が話しかけてきてん」と言った。

「珍しい子がおるなと思ったわ」
「ほんま、珍しいな」
「釣りしてたって言うてな、おじいさんとも出かけるって言うてたわ」
「へー」
「それで、わたしも昔は、××で釣りしてたって言うてん。そしたら、その子も行ったって」
「ふーん」
「クラスにも釣りしてる子が、一人いるって言うてたで。ほんま、珍しい子やわ」

わたしは、その中学生が変わり者で、将来、大物になるタイプなのかなと思った。
しかし、ただ座っているだけのおばあさんに声をかけるって、どういう心境だろう?
わたしがそれを考えているうち、一人のおばあさんが堤防で、淋しそうにうつむいている光景が浮かび上がってきた。
ああ、そうか。母は父とわたしがいなくなって淋しくなって、一人でじっと座っていたのだ。

そういえば、いまは1月で、堤防でのんびり座っている季節じゃない。
そうすると、次から次へとピンときた。
風邪を引いたのも、そのせいか・・・。

つまり、順序としてはこうだ。
寒さのなか、うつむいて一人座っている母に、中学生が「おばちゃん、どしたん?」
「ああ、おばちゃんのな、おじちゃんが死んでん」
「ふーん・・・」
「なにしてたん?」
「釣り。鯉釣っててん。じいじともするで」
「そうなー。おばちゃんもな、昔、おじちゃんと釣りやっててんで」
「おばちゃん、僕のクラスにもな、釣りする友だちがおんねん」
こんな具合じゃないだろうか。

おじいさんが死んで、淋しそうにしているおばあさんに、話しかける子ども。
なんだか、昔話みたいだな。
最近とみに思うけど、昔から言われている言葉って、そのとおりだなと感じるものが多い。
しかし、人生100年の現代、配偶者を亡くしたことで、あまり落ち込んでもいられない。
女はしぶといから、母には頑張って、いまを乗り越えてもらうしかない。

だが、わたしも微力ながら、母の手伝いをしなければならないだろう。
まあ、実家に帰ってくるだけだけど。
助け合う高齢の母と障害者の娘、という構図は、字面からして嫌いだけど、置かれた立場からは、こうするしかないな。


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金の亡者

bank_card

昨日はまた、金の亡者になっていた。
去年から、双極性障害の調子がいいので、次の障害年金の審査で、2級から3級に落ちるんじゃないかと心配になってきたのだ。

「もし落ちたら、どうなるんだろう・・・」
わたしは、来年までに貯金できる額と、老後の企業年金が出るまでの支出を、大まかに計算した。
もうほとんどギリギリで、病気もできない。
はっきり言って、生活保護の方がはるかに楽だ。
生活保護は、医療費がタダなうえ、冬季に光熱費の加算が出るし、障害者には障害者加算が添えられる。

わたしがいつものように、お金の話でしんどくなっていると、母がこたつでひっくり返りながら、「そのときになったら、わたしが月なんぼか援助したるやん」と投げるように言った。
援助? この人の話は、二転三転するからな・・・。
しかし、実際、母は少ない年金のなかから、少額は貯金できる。
それで、いくらか援助してくれると確約してくれたら、わたしははるかに楽になれるのに。
考えてみたら、なぜこんなに、不安神経症と呼べるまでに将来のことを心配している娘に、「わたしが援助してあげるから、大丈夫」とやれそうなことを言わないのか。
父の財産の三分の一は、わたしの取り分だったのに、それもなかったことになっているし、母は自分のそばにわたしがいて欲しいというエゴのために、わたしを困窮させようとしているんじゃないかとさえ思えてくる。

どうも母は、あくまでマンションは別荘で、いまのわたしはちょっと遊びに行っているという感覚のようだ。
わたしが、「お金がなくなったら、マンションを売って、団地に住む」と言ったら、「なんで? ここに帰ってくればいいじゃない」と驚いたように言った。
しかしわたしは、母が自分の思い通りにならなかったときの、叫び声と家具にあたる騒音とともに、毎日を過ごしたくないのだ。
結局、母の思惑は、「わたしがいる限り、マンションは維持できるから、あなたは実家に帰ってきなさい」なんだろう。
でも、もし母が100歳まで生きたら、わたしは80歳近くまで母と同居で、マンションへ帰れないことになる。
そしてその間、要介護になったら、世話をさせられるんだろうな。
母は、「わたしが死んだら、少しは貯金を残してあげる」と言うが、そんなの、80歳になってからもらっても仕方がない。
若いときに、お金を持っていて、少しぐらい人生を楽しみたいと思うのが当たり前じゃないだろうか。

それでわたしはまた鬱陶しくなって、最終的に「3級に落ちたら、母を口説こう」と思った。
「毎月援助してくれたら、いまのままの生活が維持できる、でも、死んだあとで大金をもらっても使いようがない」という方向である。
感情的にならなければ、なんとかイエスを引き出せるだろう。
それにしても、こうまでしてわたしが考えなきゃ、「援助してあげるわ」と言わない母親には、ちょっとあたまに来るな。
おこづかいが足らないって言っているんじゃないんだから・・・、マンションの存続がかかっているんだから。
わたしが将来不安に陥っているのは、この母の優柔不断と、どうも見え隠れするお金と介護のリンクである。
このへんは心理戦で、向こうがお金を出さないと言うなら、こっちはマジでマンション売るぞの恫喝をしなきゃならないかもな。
そのときは、口上手く、捨て身でやるしかないと思う。


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この1年間の展望

fan

昨日は、ようやく自宅マンションに帰ってきた。
ネットの工事のあと、またしばらくお金のことを考えた。
ほんとうに、病気だ・・・。

工事の人が、「無線ルーターは設定しなきゃ駄目ですよ」と言い残していったのだが、スマホに無線マークがついたので、なんだと思って他のWi-Fiを見ていたら、なんとパスワードをかけていない人がいっぱいいた!
じゃあ、いままでずっと、このマンションでちびちびスマホを使っていたのは、バカ正直だったってこと?
いやいや、不正アクセスはよくないよね。
しかし、心が引かれるわあ。

それで、自前の無線ルーターを使って、思い切りスマホゲーム「どうぶつの森・ポケットキャンプ」をやった。
ときどき、「ふふ」と笑っているのだが、そのまま幸せな気分になれず、すぐ「いま楽しくたって、いずれお金がなくなったら、暗い自分になるんだ」と考えてしまって、また暗くなる。
「人生、先のことなんかわからない」という人がいるが、ちゃんとイメージくらいは持っていると思うよ。
例えば、サラリーマンなら「定年後は、アルバイトも趣味もして」とか。
わたしは、障害年金という収入がいつ打ち切られるかわからないから、将来の絵が描けなくて苦しいのだ。

だいたい、精神障害者になったら、経済的破綻はつきものになってくる。
精神障害者だとわかれば、一般企業はまず雇わないし、賃貸アパートだって貸してくれない。
だから、最終的にはだいたいの人は生活保護に入る。
なんか、人生の不幸そのものって感じ。
そんな未来が自分に待っているかもしれないのに、明るく楽しく生きるなんて、わたしには難しい。

それから、去っていった親友のことを思い出した。
発症当時は、わたし自身も自分に起こっていることがわからなかったから、誤解されちゃったんだな。
解離性障害の方の、交代人格の思春期の女子がなにかやったから、気が狂ったと思ったんだろうね。
まあ、あれを昔から「気が狂った」っていうんだけど。
わたしの人生って、誤解だらけで、話したところで信じてもらえない、そんな話は聞きたくないって言われるようなものばかり。

なんとなく、年金審査があるまでの1年間は、マンションでじっとしていようかなと思う。
キチガイが、だんだん世間から離れていって、崩れかけた小屋に一人で住んでいるのってよくわかるよ。
どうしても、そうなってしまうんだよね。
現代では、ちゃんと服を着ているから「あの人は引きこもりか」という話になるのかもしれないけど、キチガイからすれば、「そんな単純なものじゃない」という感じになるんだよね。


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キチガイ認定

piero

昨日は、診察日だった。
わたしは、H主治医に「お金がお金が、ってなって、困ってるんです」と伝えた。

すると、H先生はあっさりと、「僕が(障害年金)2級(の診断書)を書いてあげますよ」と言った。
「○○さん(わたし)のことは、僕が一生面倒見てあげますからね」
「でも、よくなったら3級に落ちますよね」
「そのときは働けるんだから、作業所で働けばいいでしょ」
「作業所は無理です!」

そのあと、「企業年金が何万円で」とか訴えたが、H先生はほとんどスルーで、「先のこと考えても仕方ないでしょ」と言いながら、カルテを書いた。
わたしはとりあえず、次の審査は2級が通ると聞いて安心したが、同時に違和感を感じていた。
H先生のあの態度――、なんだか、「は? あなたは2級でしょ。3級はありませんよ」と、医師の診断を、包み隠さず放り投げたという感じなのである。
それでわたしは、「もしかして、自分は思っている以上に悪いのでは」と胸がざわざわした。
前回の診断書も、あまりにひどい精神疾患者像に驚愕したのだが、読んでみると全部自分だったのだ。

薬局から出て、道路を歩きながら、わたしは「デイケアの障害年金2級の人たちは、みんなどっか変だけど、わたしもあれと同じなのかな・・・」と真剣に考えてしまった。
いままでわたしが辿ってきた道が、彼らと同等かもっとひどかったのは、だいたい言えると思う。
無理を重ねて倒れてから、双極性障害だけじゃなく、解離性障害を起こして、記憶もなにもかも無茶苦茶になり、10年間ももがき苦しんでは入院を繰り返し、暴言暴力、社会性の喪失、日常生活の困難、――これは決して軽い精神病患者とはいえない。
元気に働いていた頃の写真のわたしを見ると、不思議な感じがする。
この人はわたしより若いけど、ちゃんと社会で交流できて、誰からもまっとうな人間と扱われていたんだな。

H先生が、「○○さん(わたし)のことは、僕が一生面倒見てあげますからね」と言ったのは初めてではなく、じつは3回目くらいなのだが、とすると、H先生は早い段階から「この患者はもうあかんな」というふうに、見立てていたのだろうか。
精神病は、なかなか自分を客観視できないから、H先生がわたしに何を見ているのかわからないが、やっぱりわたしはデイケアにいる人々と同じように、健康な人からみれば「精神病だ、この人・・・」みたいな感じなのかな。

思うけど、当然ながら、お金はタダでは絶対もらえない。
日本年金機構だって、出し渋っているんだから、出さなくていい人に年金を出すはずがない。
つまり、H先生に永久認定みたいな形になっているわたしは、悪い言い方をすれば「死ぬまでキチガイ」ということなんだろうな。
H先生は名医だから、たぶん間違いはないだろう。
お金があると安心するに決まっているけど、引き換えにしたものは、人生の半分以上といっていいと思う。



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立て続けに映画

eiga

昨日は、一日中、映画観賞とスマホゲーム「どうぶつの森・ポケットキャンプ」をやっていた。
「ポケ森」は、こう書くと「そんなことがあるはずがない」と言われそうだが、どうも乗っ取られた形跡があり、フレンドに嫌な思いをさせてしまったので、任天堂に質問したのだが直してくれたんだろうか。
とりあえず、昨日は被害がなかった。

映画は、ぼーっと「ゴッドファーザー2」を観ていた。
前から思っていたけど、この作品ってライティングが暗くて、それがために人物の表情がわかりづらくて、ぼそぼそしゃべるか銃撃をしているかのどっちかなので、わたしとしては当時の街並みを観察するくらいの感じである。

そのあとは、夕ごはんのイワシのソテーをつくりながら、「ダイ・ハード3?」をチラ見した。
だが、ギャーギャーうるさいので消した。
そうなんだよ、世界でいちばん運の悪い男は、同時にお騒がせな男でもあるんだよね。

そして、「ポケ森」をはさみながら、夜は「ラストサムライ」。
これは何度も観たことがあるけど、なんか侍の村がインディアン村みたいだなーと思う。
それによくわからないけど、江戸後半の武士って、江戸で平和ボケしている平民たちに混じって、そば屋で酒を飲んでいたんじゃないの?
戦国時代じゃないんだからさあ・・・、と思うけど、どうなんだろう。
日本を舞台にしたハリウッド映画を観ていると、ほんとうの文化を尊重しようというのとは全然違うなと思う。

そんな感じで、映画観賞をしたわけだが、気がつくと、やっぱりわたしは素直に「面白かった」と言わずに、ぐずぐずケチをつけているな。
だが、作品を「面白かった」「面白くなかった」の二つにわけるのは、わたしには難しい。
編集者などの専門家は、どうやらそれをやるみたいだけどね。
ちなみにわたしは、映画でも小説でも、制作者が意図したテーマ・構図みたいなものを読み取ろうとするのだが、それに対して人が違うことを言ったら、「ちがーーう!」と、よりにもよって腹で怒ったりする。
同じ傾向を持つ人と一緒に映画を観たら、大ゲンカになるだろうと思う。

さて、今日も昨日に引き続き、映画と「ポケ森」と、それからお風呂に入ろう。
お風呂は毎日は入れなくて、いまはだいたい1週間に1回である。
昔は1ケ月間入れなかった記録もあるから、このくらいは平気なのだが、ほんとうはもっと減らしたい・・・。
だが、障害者くささを出さないようにするために、清潔を保たないとね。
一日一日、徐々にいまの生活に慣れていこう。


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昼過ぎの散歩

walking

昨日はいつものように、朝はアイスクリーム、昼は食パン2枚で落ち着いたあと、ふと散歩してみるかという気になって、ジャケットを羽織り、商店街をプラプラ歩いた。
なんとなく、足は本屋の方へ向かう。

商店街の本屋は、相も変わらず雑誌屋で、とてもくだらなかった。
でもわたしは、情報収集としてファッション誌を読み、最近の漫画は薄いなーと思ったりしながら、店内をぐるぐるした。
そして、そこを10分くらいで出て、なんとなく今度は100円ショップに向かって歩いた。

100円ショップに入ったとたん、今年のカレンダーが目に入った。
おお、これくらい大きいのが欲しかったんだ。
実家からくすねてきたカレンダーは、数字が小さすぎて読めず、あまり意味をなしていない。
わたしはいままで、日にち感覚がなくて浮世離れしていたから、これから社会復帰として、ちゃんと日付くらいわかるようにしよう。

100円ショップでカレンダーを買うと、わたしはそのまま帰るつもりだったのだが、何気なく横を見ると、なんだか古い文化住宅があって、最近マンション売却の恐怖に怯えていたわたしは、ついそっちへ歩を進めてじろじろ見てしまった。
古い・・・。いつ建ったやつだ、これ・・・、家賃いくらなんだろう・・・。
そして、あと10年はもたないよな・・・、おそらく住んでいるのは高齢者だろうし、どうするんだろうなと思った。

しかしそれだけでなく、歩いていると、その界隈はぜんぶ、そういった古い長屋ばかりであることがわかった。
巨大地震が来たら、このあたりは総崩れだなとも考える。
そうしてさらに歩いていると、ふいにコインランドリーが現われ、中から太った険しい顔をしたおばあさんが、洗濯物を取り出しているところが現れた。
あっ、古い長屋には洗濯機が置けないのかな?

わたしはちょっとカルチャーショックを覚え、辺りを見回すと、家の玄関先には物干しざおが置かれてあった。
あー・・・、それもそうね、干すところないもんなあ・・・。
でも、これじゃプライバシーがないな。
高齢者じゃないと、ちょっとしんどいだろうな。・・・

その一角を出たあと、わたしは賑やかな商店街を歩き、しんみりと「自分は、いまは守られている」と思った。
いまは、とりあえず一般的な機能をもつマンションに住み、実家もある。
先のことばかり考えすぎても仕方ないけど、ああいう長屋を見ると、自分の未来を想像してしまって、ちょっと寒々しくなるなあ・・・。
生活レベルを下げるのって、難しいというし・・・。

でも、この日の散歩は有意義だったと思う。
ちょっと外を歩いただけで、こんなに社会のことがわかる。
いまは近所の散歩だけど、春になったら電車に乗って、もう少し遠くへ行ってみようかな。
17年間も実家で自らを幽閉していた自分を、解放してあげようと思う。


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ハウスキーピングの日

sentakuki

今日は、朝からゴミ出しの日だなーと思って、ガサガサ働いていた。
分別ゴミと生ゴミを出して、部屋に帰ってジャケットを脱ぐと、今度は前から気になっていた壁の釘のことを考えた。
「これ、ほんとは服かけフックにしたいんだよなー」

それで、フックはいつか買うとして、釘を引き出しから探したのだがなくて、先日ネットの工事のときに置いていったものを取っておけばよかったと後悔した。
すると、あたり一面、どこか直すところはないかと点検がしたくなった。

もう一つ、気になっていたのだが、いま着ている服はほぼ全部、120㎝幅のデスクに置いてある。
どう考えても、ホコリがつくし、見栄えも悪い。
これを改善するには、このでかいデスクをお払い箱にして、タンスを買わなければ・・・。
漫画を描くために買ったものだが、これからのわたしには必要ない。
それから、エレクトーン。
これも、すごくスペースをとっている。
だが、これは撤去にお金がかかるんだよね。
とはいえ、要らないから、デスクとまとめて処分したいな・・・。

わたしは、新しく買わなければならないタンスとの必要経費を考えると、ちょっとすぐには決められないなと思った。
しかし、釈然としないなあ、あの空間。
そもそも、一人暮らしなら2LDKあれば、充分なはずだよ。
うちは、面積の狭い3LDKで、2部屋は物置と化している。
いっそ、一部屋はウォークインクロゼットにしたらどうだろう。
うちの家で幅をとっているのは、服と本なのだ。

そんなことを考えながら、エレクトーンを見ていると、「あれ? なんでこんなところに夏服が積み重なっているの?」と目が覚めた。
これもこれもこれも。いま、ここになくてもいいじゃない。
わたしは、不思議に思いながら、それらを洗濯した。
あら? バスタオルかけるところ、なんでつくってないの?
洗濯カゴはなんでないの??

洗濯物を干そうとすると、可変式物干しざおの角度が、高すぎて、これじゃあ外から見えるじゃんだったので、カコッと下へ下ろした。
たぶん、母親がやったのね。わたしなら、こんなに高くしない。
ぎこちなく洗濯物を干すと、わたしは一息ついて、「自分はいま、躁と鬱の間のフラットにいるんだ」と感じた。
前にもこういうことがあって、突然、マンションの中が幽霊屋敷のようにボロボロになっているのを発見し、あちこち直しまくったのだが、そのうちまただらしない精神病患者に戻っていった。
ふつうの状態だと、こうなるのね。

このチャンスを生かして、家のあちこちを整備していこう。
こうやって、あちこちハウスキーピングしているのは楽しいな。
読み飽きた本を何回も見ながら、一部屋でじっと過ごしているよりはね。


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一人暮らしを満喫

sentakukago

昨日は昼過ぎから、また100円ショップまで散歩した。
一昨日と同じように、くるくる中を眺めていると、ふと、可愛いタンスのノブを見つけた。
スペイン風の柄で、こういうのをわたしの真っ白で殺風景なベッドルームに付けたら、部屋の雰囲気が一味変わるだろうなと考える。

だが、サイズがちゃんと合うかはわからない。
一つ買ってみようかと思ったが、いまのわたしは節約第一で、不要になるかもしれないものを買ってはいけないと思い直し、ともかく家のタンスのノブを点検することにした。
さっそく家に帰って、ベッドルームのタンスを点検したのだが、ノブが・・・、これ、どうやって外すの。
わたしは、日曜大工がとことん苦手なのだ。
手先が不器用だし、乱暴だから、わかる人が見れば、何をしでかすかわからない。
わたしは、これは駄目だと断念した。
どうせわたしが無理をしてつくったものは、どっか歪んでいたり揃っていなかったりするのだ。

とはいえ、収穫はひとつあった。
タンスの中から、全然使えない小さなカゴがいっぱい出てきたのだ。
これをわたしは、一斉取り払って、各部屋で散らばっているものを、まとめるものとした。
実家からとりあえず持ってきた服や、分別ゴミである。
洗濯カゴに至っては、おあつらえ向きのものがあって、いままでなんでこれを使わなかったんだろうと不思議に思った。

それが終わると、わたしは満足してソファに座り、あー一人でいると結構やることあるなと思った。
いままでは実家にいて、何もかも主導権は母にあったから、わたし自身が自ら動くということはなかったのだ。
そりゃ、退屈だよ・・、あんな娯楽もないところで、自分から何をするわけでもなく、猫と遊んでいるだけだなんて。
母と別れたいという気持ちは、そこらへんにもあったような気がするな。
このまま飼い殺しにされるのかという思い。

夕方、わたしは、昨日のマーボー豆腐と買ってきたカニクリームコロッケを食べ、そうだ天気がいいときに市役所へ行って、新しい障害者手帳をもらってこようと考えた。
電車に乗って、ちょっと歩いて、気分転換にちょうどいいや。
市役所はどういう仕事をしているのか、更新申請から半年もしてから、「できたから取りに来て」と言ってきたのだ。
有効期間は2年なのに・・・。また写真撮るの?

まだ全然慣れていないけど、自分の生活がいつの日かできそう。
これが社会復帰の第一歩ってやつなのかなー。
だけど、過去にも躁で調子がいいと思っていて、それがまやかしであったということがあったから、油断せずにいかなきゃな。
あんまり派手な変化はしない方がいいかなと思う。


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パッチワークの代わり

patch_work

昨日は一昨日に引き続き、ハウスキーピングにいそしんだ。
またまた、100円ショップに出かけて、欲しいと思っていた服掛け用の壁フックを買う。

それを壁に打ちつけ、ジャケットを掛けると、わたしはとても満足した。
たった100円で、こんな気分のいいことができるなんて、いい感じ。
そして、ほかにも何とかするところはないのかなあと、部屋のあちこちを見回した。

すると、テーブルの横の白い壁が目に留まった。
ここ、前からパッチワークを貼りたいを思っていたんだよなあ・・・。
なんかないと、寒々しくて落ち着かないんだよ。
でも確か、パッチワークはいろいろ探してみたけど、けっこういい値段がしたんだよね。

わたしはそれでもなんとかしたくて、家になんかなかったかなーと考えた。
そして、そういえばなかなかいい柄のテーブルクロスがあったなと思い出した。
わたしは、収納箱からそれをごそごそ探し出してきて、悪戦苦闘のすえ、コンクリートの壁にピンという無謀なやり方で、テーブルクロスを壁に垂れ下げた。
うーん。ちょっと汚れていて、いまいちだな・・・。

だが、うちの近所でパッチワークを売っている店なんかない。
こういうものは、ちょっと都会へ出なければならないだろう。
自家製にすれば喜びもひとしおだろうが、わたしは手先が不器用で裁縫が大嫌いなのだ。
つくづく、モノを自分でつくれない人って損をするなと思う。

そういうことで、テーブルの横の壁はこのままにして、今度通院で外に出たとき、街をぶらぶら見てみようと思った。
なんか、生活がいい形で回っているな。
家にいて、なにかしたいという気持ちができて、それで外に出ていろんなことをやる。
こうやって、次々と前に進んでいけば、やがて「生きている意味がわからない」という状態から脱することができるのかなと思う。

家の用事をしたあとは、またスマホゲーム「どうぶつの森・ポケットキャンプ」をしたり、BSを見たりした。
その合間に、鳥肝とこんにゃくを煮る。
なんだか、とても充実感を感じる。
生きるってきっと、なにかを成し遂げるって話じゃないんだろうな。
一日一日、凡庸な生活を繰り返すのも一つの生き方なんだろうね。



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市役所に赴く

shiyakusho

昨日は、6ケ月間も待った新しい障害者手帳を受け取りに、市役所まで行った。
とにかく寒かった!
電車と徒歩だが、駅からの距離がけっこうあるのだ。

着いてから、わたしはキョロキョロしながら、障害者ナントカ窓口に行った。
ここに来るとつい観察してしまうのが、お役所の人たちの仕事っぷりである。
第一印象は、全体的に薄汚れてるなーで、第二は職員に覇気がないなーである。
この日も、わたしの前に現れた人は、マスクをして始終下を向き、何度も同じファイルを繰っていた。
なんとなく、効率の悪さを感じる。

暇なので、カウンターの奥を見ると、若い女性がやっぱり書類をパラパラめくって、なんにもしていなかった。
その奥の女性は、ペットボトルのお茶を飲むと、白い歯を見せて誰にともなく笑いかけた。
べつに仕事中に笑うなとは言わないけど、その人の手元も動いていないので、人工知能が出来たら、ここの人は間違いなく一掃されるだろうなと確信する。

辺りのオフィス家具を見渡すと、何十年前のキャビネットだ・・・、と目を疑うものばかりで、いくら税金をムダにしてはいけないとはいえ、こんな気分が暗くなるようなインテリアは何とかならないのかと考える。
そうこうしているうちに、前述職員がファイルをあきらめて、わたしに新しい障害者手帳をくれた。
ん? 見つからなくてもよかったの??

なんだかよくわからなかったが、わたしとしては用事がすめばそれでいいのだ。
わたしは市役所から出るとき、「あー、また寒い外かー」と高い天井を見上げた。
こんな大きな建物をまんべんなく暖めるって、どういう室温調節器があるんだろう。
これこそ、すごいお金がかかってんだろうな。

せっかく電車に乗って、市役所に来たんだから、そのへんの店をプラプラ散策したいところだったが、あまりの寒さに周りなんか気にしていられなかった。
一つ、構内の中にある小物の店をウロウロしたが、「こういうのを安いからといって買うのが、結局出費になるんだよな」と確認したのち、電車に乗って帰った。

その後、家に帰って、先日取り付けたフックにジャケットをかけると、「やれやれ、用事が一つ終わった」と実感した。
一つ一つ、自分の用事を片づけていくことは、ここ数年はやれていなかったことだ。
それはもちろん、具合の悪かったわたしの代わりに、母が先んじてやってしまっていたからである。
でもやっぱり、一人の人間として、自分のことは自分でやった方が気持ちがいい。

そのあとは、スマホゲームをしたりBSを見たり、いつものことをしていた。
とうぶん、用事は一日一個くらいな感じでこなしていけたらいいなと思う。
いまはまだ移行期で、綱渡りをしているところだから、調子に乗り過ぎないよう注意していきたいと思う。


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一日の行事をこなす。

bath

昨日は、昼過ぎに4日ぶりのお風呂に入った。
お風呂は、いままでいた実家でも4日に1回で、若いころは気持ち悪い~だっただろうが、いまは誰とも会わないし、まーいっかって感じである。

お風呂に浸かって、あー気持ちいい! とうっとりした。
病気になってから16年間、身体が重くなっていて、全身をこすることが困難になっていたのだが、去年急に軽くなってから、いまでは過去と変わりなく、ふつうに入浴できるようになっている。

お風呂を出てから、もう夕方になっていることに気づき、台所に立ってピーマンを炒めた。
夕食はこれと、昨日の残りの大根と厚揚げ煮と、チキンハンバーグである。
チキンハンバーグ、ちょっとタンパク質がないときに重宝するわー。
それらをもぐもぐ食べながらTVを見て、一日の夕暮れに満足する。

自宅マンションに帰ってきてから、ちゃんとカレンダーを見て、今日は何日で明日は何をする予定、というのを常に考えるようにしている。
日付感覚を養うのだ。
一人で住んでいてぼんやりしていたら、こなさなければならない用事をし損なって、自分が損をしたり、人に迷惑をかけるようになってしまう。
マンションに来てすぐのときは、大丈夫かと心配になったが、どうやら記憶力が低下しているわけではなく、単にいろんなことを確認しないからできないんだと思う。

夜、ずーっと、明日、母親のいる実家に帰るべきなのかどうかを考えた。
わたしは最初、猫もいることだし、週末に帰ろうかなと思っていたが、よく考えたら、まだピンピンしている母親の様子伺いに、週一回も実家に帰るのはおかしいよね。
それじゃまるで、親離れ・子離れしていない仲良し母娘だよ・・・。

それからさらに、実家に帰ることについて考えていると、わたしは気持ちが暗くなってきた。
「親は子どもを愛するもんだ」と言う人に間違いはないんだけど、親の愛情が間違った形で表されることもあるよね。
わたしと妹は幼い頃、23時間は優しいけれど、1時間は鬼のように叫び当たり散らしている母親に、いつもビクビク怯えていなければならなかった。
子どもは生まれもって、母親を嫌いなわけじゃないから、子どもが母親を嫌う場合、原因はやっぱり母親にあると思うよ。

そんなわけで、父親が亡くなったいま、あの母親を止める人間はいないと確信したから、なるべく彼女とは距離を置いて付き合おうと思う。
まー病気したり、困ったことが起きたときに相談し合う感じかな。
わたしのこの快適な時間を、邪魔してほしくないな。
これから彼女が老いていけば、嫌でもわたしがお世話をしなきゃなのかもだし、若いうちに好きなことをさせてほしいって感じなんだよね。


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シチューをつくったり

shityu

昨日は、イレギュラーな買い物として、基礎化粧品、パスクリーナー、バンドエイドを掲げて、わたしは商店街に出た。
青空だ。なんか、とてもワクワクする。

薬局では、とてもお得なポイントカードももらって、わたしはそれを財布におさめた。
この低金利時代での賢いやり方は、ナントカのポイントを使いまくることである。
母の話では、いま行っているスーパーでは、気がつくと2,000円くらいはすぐ溜まるという。
銀行の利子で2,000円なんて、今どき簡単に望めるものではない。
男性を中心に投資をする人がいるが、あれはハイリスクなので、貧乏人がやるもんじゃないよね。

ところがその後、わたしは大ポカをした。
スーパーのカートに、さっきの買い物をかけたまま、店を出ていってしまったのだ。
それに気づいたのは、家に帰ってからだった。
袋には、あきらめられない化粧品が入っていたので、わたしは急いでスーパーに再出動した。

でもそこは、日本というか、とくに大阪の下町は、知らないおばちゃん同士で会話する土地柄なので、予想どおり買い物袋はカウンターに届けられていた。
あーよかった・・・!
カウンター内にいたおじさんは、そっけなく袋を渡してくれたが、その態度には「届けてもらってて当たり前でしょ」という感じが伺われた。
外国人が見たら、「日本って、当たり前に落し物が返ってくるんだなー」と感心する場面かもしれない。

ようやく買い物を終えて、スマホゲームをしてのんびりしていると、すぐに夕方がきて、わたしは台所でシチューをつくった。
クリームシチュー! ずっと食べたかったんだ!!
なぜかというと、うちの母がクリームだの牛肉だのを嫌うからである。
あんなに好き嫌いの激しい人と住んでいると、好きなものも食べられないよ。

シチューの出来栄えはよくて、わたしは美味しくいただいた。
最近は、野菜も肉も魚もすごく高いけど、じゃがいも・人参・たまねぎの、カレー・シチュー必須アイテムは、ふつうに安いんだよね。
これはもう、月に何度かはカレーとシチューしかないでしょう!
わたしは、シチュー用の肉に関しても、「シチューなら、いちばん安いササミでもいけるはず」と考えて、100g98円のササミを買った。
これは正解で、シチューやカレーに、ぐにょぐにょの肥皮がついた鶏モモより、あっさりしたササミの方が、わたしの好みといえた。
わたしはしばしば、当てずっぽうの料理をするから、まずいものをよく食べているが、ちゃんとできると気分がいい。

夜は、「明日はなにをしよう」と考えていた。
シチューの残りはるし、食パンもあるから、買い物の必要はない。
なにもせず、家でじっとしているのはもったいない気がするから、近所のちょっと遠くへ散歩してみようかなと思った。
辺りを見回しながら、あ、ここにこんなものがある、あれはなんだろう、って考えながら歩くのは、新鮮な気持ちになって楽しい。
そうやって徐々に、心の滋養をしていきたいなと思う。


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猫のやすらぎの場所

cat_asobi

昨日の夜、わたしは実家の猫のことを考えていて、わたしがいなくなって淋しいだろうなあと、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
でも、思っているだけじゃどうしようもない。
なにか考えてやらなくちゃ。

去年も、わたしは人並みに布団を上げるようになってから、猫が寝る場所を失ってパニックを起こしたので、知恵をしぼって布団のたたみ方を変えて、彼女を満足させたのだった。
今回も、考えつかないはずがない。
わたしは部屋の様子を思い出し、最終的に本棚のうえの本棚を失くし、そこに長いクッションを置いて、窓の側で座れるようにしようと思った。
いつもわたしの後ろ姿を見ていたのに、なにか慰めがないと、このままじゃ可哀想だもんな・・・。

今日起きてから、わたしはさっそく、昨日考えた猫の棲み処のことを、母親に電話で話してみた。
すると母親は、「猫は寒いから、最近は2階には行かへんで」と言うのだった。
わたしは拍子抜けしてしまったが、彼女はそんなことはかまわず、「明日、香典返しのお菓子を買いに行くから、行けへんか?」と言った。
「うーん。・・・そやな、行こうか」
正直言うと、わたしは最近、近所ばかり出歩いているので、ちょっと都会に出かけたいと思っていたのだ。
それに、あるブランドの石鹸も切れかけているし。

母親は、わたしが思ったより、淋しいオーラを出していなかったので少し安心した。
わたしとしては、彼女に寄りかかられると、将来への期待をされているようで、不安になるのだ。
だから、まったく無視もできないが、あまり近づきたくもないという感じになっている。
いまの距離感がちょうどいいかもしれない。

そんなわけで、明日は母親と百貨店に行く予定である。
百貨店は高いから、買わないけど、キレイなものをいろいろ見てこよう。
化粧品売り場って、爆買い中国人ばっかでうんざりするけど、これは時代だと思って我慢するしかないね。
いろんなところでストレスを感じるわたしは、神経がヤワイってことなんだろうな。


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家計簿に満足する。

kakeibo

昨日は、冷凍餃子と小松菜を料理して食べた。
0将餃子、美味しいね。
つくるの簡単だし、定期的に食べたくなる一品だわ。

さて、そんな主婦のような生活を送っている最中、わたしはお決まりのごとく、家計簿を広げて今月の支出をチェックしてみた。
すると、なんと食費が半月で8,000円でおさまっている?!
ということは、月16,000円ということになるんだろうか。
ちなみに、経済誌などでは、食費はおひとりさま20,000円推奨となっている。
これって、優秀な数字では。

わたしはなんだか、とても嬉しくなった。
一人暮らしってお金がかかると決めてかかっていたけど、そんなでもないじゃん。
考えたら、わたしはもはや、お酒もお菓子も煙草もやらないんだよね。
要するに、嗜好品がないぶん、人よりお金がかからないのだろう。
お酒やめてよかったよ。
あれがあったら、途端に家計は火の車になる。

そんなことを考えていると、最近、生活保護の給付額が下がるって、ゆゆしき問題のように報道されていたけど、単身世帯で75,000円って、まだまだ余裕じゃないの? と思ってしまった。
だってわたしの場合、生活費は70,000円だけど、そのうち16,000円は管理修繕費・固定資産税だから、実質生活費は54,000円なんだよね。
すると、生活保護並みの収入だったとしても、月21,000円余ることになる。
酒・煙草をたしなんだとしても、足りないってことはないんじゃ・・・。
「また生活が厳しくなる」と言っている生活保護の人には、わたしは「まだまだ節約が甘いです」と家計簿を点検してさしあげたい。

そういうことで、わたしの今日の晩ごはんは、一昨日の残りのシチューと昨日の残りのキャベツと小松菜である。
一人暮らしの辛いところは、どうしても残飯整理の日があることね。
これは、たぶんお金があるないに関わらず、やる人はやると思う。
わたしの場合、「モッタイナイ」からと言うよりは、「目障りだから」片づけてしまえって感じなんだけど。
冷蔵庫に有象無象いっぱい入っているのが嫌なんだよね。
まあ、得な性格かなあと思う。


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香典返しと公園

kokorozashi

昨日は、母と百貨店で香典返しを買い、親戚一同に送った。
あとは、来週の四十九日で、父の弔いは一区切りとなる。

用事がすんだあと、わたしと母は、百貨店のお食事フロアで和食を食べた。
年寄りに合わせなければと思うが、わたしはちょっと都会に出たときは、イタリアンくらい食べたい・・・。
母は、遺族年金が思いのほか出そうだということで、「お金ならいくらでもある」と大盤振る舞いをした。
大袈裟な・・・。ふつうの人から見れば、ぜんぜん貧乏の部類だよ。

だが、一人自由に暮らせる額には違いない。
「気が向いたら、こうして百貨店に来て遊ぼうかな」と言うので、賛成しておいた。
それで、百貨店って老人が多いのか・・・。
つくづく、世に言われているように、「どうせ年金なんか出ない」と諦めている若者は気の毒だと思う。
だけど、人口動態は人一人の手に負えるものじゃないし、操作できるとしたら政治だったと思うけど、わたしの意見では、国会議員は男ばっかだから、女コドモの話はないがしろにしたんだと勝手に思っている。
政治の世界では、女性はいじめられるって言うしねー。
小池百合子があんなに毎日違うオシャレをしているのも、女性の自分が男性に復讐してやるっていう意気込みからじゃないのかなあと勝手に考えたりしている。

さて、そんな話は置いておいて、食事をしているときに、母が窓の外を見て、「公園に行きたい」と言うので、暖かい日差しのなかを歩いた。
ほんとうに、ぽかぽかで眩しくて、いい冬日和だった。
でもわたしは、枯れ枝が並んでいるのを見ていると、やっぱり緑のある時期に来るのがいいなと思った。
寒くて家に閉じこもっていると、不安になったり余計なことばかり考えてしまう。
気色が変われば、気分も変わると思うんだよね。

今日は一日中雨みたいだから、買い物は行くけど、あとはスマホゲームとBSで一日を過ごそう。
スマホゲーム「どうぶつの森・ポケットキャンプ」は、クソイベントが始まって、フレンド同士で気を使い合い、わたしも疲れてやる気がなくなってきた。
なんでこんな改悪をするの・・・。
これで、「やーめた」って投げ出せるふつうの人はいいんだけどね。
やめると何もすることがなくなる人間は、リア充じゃないという意味で、やっぱり弱いって感じがするな。


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雨の日の考えごと

mado_ame

昨日はいつも通り、朝にアイスクリーム、昼はトーストを2枚食べて、それからお風呂に入った。
なにもない穏やかな日だったが、それだけに間が抜けているともいえた。

わたしは、落ち着くとソファに座り、何時間も考えごとをした。
内容はいろいろだが、多くは「病気になってからのわたしって、客観的にどういう人間なのかなあ」だった。
ちょっと前に、H主治医に、昔の健康だった頃のアルバムを見せたことがある。
そこにある写真は、大半が陸上仲間と競技場で撮ったものと、あとは登山会の写真だった。
そうなんだよ。わたしはアクティブな人間だったんだよね。

H先生はカルテをめくるのも超速いのだが、写真を見るのも速くて、「ビールが100円!」とか「スカートもうちょっと上げてくれたら」と言いながら、すばやく患者の過去をチェックしていたが、あのあたまのいい人だから、わたしの過去はすっかり看破しただろうな。
たぶん見立ては、「社会性に問題はない」とか、そんな感じだろう。

わたしは最近、痛烈に「もとの自分って、どんな人だったのかな」と考える。
歳をとってからの自分の方が、まともに行動できないなんて、なにかに打ちのめされる気持ちだ。
周りの全員から認められ、ふつうの人として扱ってもらえる自分は、もう死んでしまったんだな・・・。
写真のなかの、友人と笑っている自分を見ると、なんでこの人の延長がわたしじゃないんだろうと思えてくる。

翻って、デイケアの人々のそれぞれを思い出した。
みんな、けっこう悪い精神病患者のように思えるけど、わたしはあの人たちと同じなの?
どうも信じられないけど、確かにわたしは、躁のときに怖いことをしていたりする。
何年か前に、脳が病的に興奮して、同じデイケアの女性に恫喝メールを送ったことがあったな。
内容は忘れたけど、わたしはその人が生理的に嫌いで、脂肪でブヨブヨのあの身体に火をつけたら、さぞかしよく燃えるだろうなって思ったんだよね。
そんなバカなこと、健康だったわたしなら絶対しないと思う。
いまはもう、病歴も長くなったので、さすがに賢くなって、気に入らない人の側に行くのはまずいと思っている。

それにしても、こんなに考え込む生活はしたくないな。
まだ自宅マンションに戻って1ケ月だから、焦って行動することもないと思うけど、2・3年も同じ生活をしていたらよくないと思う。
同じことを続けていたら、それで生活が固定しちゃうと思うんだよね。
いまは、ネットと少ないリアルでしか情報を得られないけど、それらに触れていくうちに、なにか先へ進む糸口が見つかるのかな。
なんとなく、人間は生きていれば、自然と道を見つけていく気もするんだよね。








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一人暮らしの報告

knit-cap


今日は診察日だった。
だが、わたしはとくに、H先生に話すことが何もなかった。

「何もないです。4連続で落し物をして、ちょっと上の空なのかなって感じですけど」
「家には帰った?」
「帰ってないです」
「ほんま? おかーちゃーんって言うて、枕に涙してるんちゃうの」
「しませんよ! それは絶対ないです」

わたしは、H先生はいつも間違ったことは言わないのに、今回は全然外しているので意外だった。
わたしはむしろ逆に、父が亡くなって以来、「淋しくなった」とすり寄ってくる母が、未来の要介護モンスターのように思えて気味悪いのだ。
これは、読み間違いにも程がある・・・。

帰宅してから、どうもこの件につき、あたまがムズムズするので、もう一度考えを整理した。
そして、H先生の言ったことには、やっぱり裏があると気づいた。
つまり、先生が聞きたかったのは、「一人暮らしが継続できているか」ということだけで、あとはオマケなのである。
ストレートに「一人暮らしはちゃんとできてますか」ではなく、「家に帰ってますか」と逆から尋ねるのは、もしかしたら患者の口から真実を語らせるためかもしれない。

わたしは、H先生は恐ろしい天才脳で、人のあたまが全部見えているので、下手な隠しごとをしたら恥をかくだけだと思って、なにもかも正直に話している。
だけど、人によっては「障害2級を取るために、幻聴があるって嘘言うてるねん」と話す人もいる。
思うに、あれはバレているだろうな・・・。
だからといって、「この患者は嘘をつくから年金審査に落としてやる」にはならず、「しゃーないなー、それでほんとうのところはっと」と、サラサラと診断書を書くんだろう。

わたしは、いまは軽躁っぽいけどいい体調で、このまま一人暮らしができそうな気がするけど、過度に信じるのもよくないんだよね。
過去に何度も、治ったような気がして、バイトしたり遊んだりして、そのまま入院ということが何度もあった。
そのたびに、しんどい、やっぱり駄目だ、一生このままなんて辛すぎる、と絶望に陥るから、言われるように気分障害の人は、波を立てずにおとなしく生きているのがいいと思う。
いまの方針は、不安定になっている母には極力近づかず、わたしはわたしの生活を確立することである。
一日一日刻んでいけば、そう遠くない時期に、軌道に乗ってくるんじゃないかと思っている。


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ホットカーペットに悩む

hotcarpet

今日、朝食のアイスクリームを食べていると、なんだか一昨日、スーパーで見つけた「室温を6°上げるホットカーペット敷」というのを思い出して、考え込んでしまった。
あれって、ほんとに利くのかなあ・・・。

うちのマンションの床は、すぐ下がコンクリートになっていて、冬は足元から冷えてくる。
それを、最初はホットカーペットで補っていたのだが、いまいち利きが悪いので、いまはそれを止めて、電気ファンヒーターで足元を温めている。
だがこれが、熱くなったり冷めてきたりで、居心地悪いのだ。
もともと、ホットカーペットが機能しないことに問題があったんだから、それを解決するツールがあれば、是非使いたい。
だが、買ってもし無駄になったら、節約生活をしている.わたしは、ガッカリしてしまうだろう。

わたしは、アイスクリームが溶けていくのをよそに、床を眺めてずーっと考えていた。
うん、やっぱり買おう。
敷いてみて、足元からほんわり温かい空気が上がってくるなんて、夢のようだ。
あれ? でもまだ10時前か。
ちょっと待つ時間が必要だな・・・。

そして、わたしはまたべつのことを考えた。
「BSを見始めたら、地上波なんてバカもいいところだな。大騒ぎして食べてばっか。母親が嘆きながら見てるけど、なんで我慢しなきゃいけないわけ。無知は美徳でもなんでもないよ」
するとわたしはだんだん、古いものにこだわり、新しいものを取り入れようとしないおばあさんに腹が立ってきて、「母親を説得して、BSを入れさせよう!」という気になった。

しかしわたしがこういう思いつきをするときは、たいてい勇み足なのである。
相手からすれば、「まあまあ、それはまた後の話で」ということが多い。
じつは、躁のときはこの調子で、パーッと無計画な買い物をしたり、新しいことを次々と思いついて、あとを考えず即実行したりする。
わたしは病歴17年で、ある程度、双極性障害がどういうものかわかっているつもりだけど、それでも行動を起こしている最中は、自覚がないことが多いので、今回のカーペットも大丈夫だろうな? と考えている。

まあ、躁による買い物は、服7万円とかゲーム8本とか、同じものばかりの浪費が多いので、まさかカーペット10枚とかいう話にはなるまい・・・。
過去には、契約プロバイダ6社の人とか、うちの妹だと、部屋いっぱいあふれるヤフオクの古着とか、やっていることはみんな同じだね。
だから症状なんだけど、結局損するのは自分なので、自分で自分の管理をするしかない。
こういった精神疾患者の一人暮らしの、難しいところでもあると思う。


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四十九日の憂鬱

hyoushoudai

21日か22日に父の四十九日をすると言っていたのに、母からの連絡がない。
わたしは、どうすんのかなあと思いながらも、こちらから連絡するのをためらっている。

なんだか、母に会いたくないのだ。
いま、一人暮らしを満喫していて、これまでいかに母の存在が疎ましかったかを実感した。
ふつうの人は、「お母さんなのに、そんなことを言うのはどうなの」と言うかもしれないが、そういう人って、正常な親子関係に育っただけだと思うよ。
虐待でなくても、子どもが嫌がる言動を続けて、子どもから遠ざかられている親はいっぱいいるって。

そんな折、わたしはスマホニュースを見ていて、「これ、うちの母親のことだよ!」という話が見つかった。
つまり、うちの母親は「子どもにさえ勝ちたい人」なのだ。
子どもが褒められると否定する、子どもが努力して勝ち取ったものをけなす、気に入らないことがあるとヒステリックになる。
このまんまだよ・・・。
勉学にしてもスポーツにしても、好成績を上げても、彼女は必ず褒めることはない。
それどころか、そういう話になるとすぐさま顔をそむけるか、忌々しく怒鳴りつけることもある。
考えたら、へんな人だよ。

それで、こんな人と運命が紐づけられていることに、また憂鬱になり、四十九日は行くけど泊まりはやめよう、という方向で考えが進んだ。
猫の遊び場をつくる作業もあるし、関係がうまくいっているときなら、「夕ごはん食べるついでに、泊まっていったら」という話になると思うけど、どうもいまは気が乗らない。
まずいことに、母親という人は驚くほどに想像力が欠けていて、ふつうに通じるはずの嫌々オーラがまったく通じないのだ。

こんな暗い気持ちでいるのは嫌なので、わたしは考え方を変えて、「いま、母親と離れて一人暮らししていて、経済的には困っていないんだから、自分が思ったとおりになってるやん」と自分を納得させた。
それでもやっぱり、気が晴れないのは、四十九日がまだ終わっていないことからだろう。
さらにわたしは、母親のことをわたしと同じように嫌っている妹が、どうやら将来的にわたしに押しつけようとしていることに、不安を覚えた。
彼女は、初七日にも来ていない。
四十九日も来るとは聞いていないので、来ないのだろう。
彼女の舅・姑はすでに亡くなっているので、このまま実家や介護のことも知らんふりするつもりでいることが、双子のわたしには感じ取られる。

このままではわたしは事あるごとに、母親の将来に押しつぶされて、一人しんどい人生を送ることになる。
親が嫌いで、その親をもしかしたら介護しなきゃならない人って、どうしているんだろうな。
ほんとうに、毎日が辛くて苦しくてたまらないだろうな・・・。
こういう話は、あったかなシチューCM家庭で育った人には、理解できないだろうな。
そもそも、シチュー家庭ってほんとにあるの? って思っているんだから、もういる場所が違うっていうかね。


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躁のイライラがやって来る

senko

今日は、父の四十九日だったが、結果的にわたしは行けなかった。
昨日から、躁が上がってきて、イライラがたまらくなってきたのである。

わたしは、母に対する怒りが止められず、一人で母を罵っていた。
彼女が、初七日も四十九日も独断で妹を呼ばなかったと聞いて、じゃあこれから母親の介護も含め、実家の面倒はわたしが全部かぶるのかと、腹が立って仕方なかったのである。
妹はわたしを見下していて、葬式のときに話しかけても当たり前のように無視、強情にだんまりを決め込めば相手は折れるとたかをくくっているので、両親・わたしに対して何度でも同じ手を使う。
3年前から続くわたしとの断裂も、向こうの気が済むか、わたしがひれ伏すかでないと、この先何十年でも続けるつもりだろう。
そんな人に、何があっても、「実家のことは、あなたはしなくていいのよ」というメッセージを送ってどうするのだ。

わたしは、寝るまえにイライラの頓服薬を飲んだ。
これは、入院中なんかに興奮・不穏になった患者に飲ませる薬だが、身体がだるくなって動かなくなる。
どちらかというと嫌な薬だが、イライラであたまがパンクするよりましだ。
そして朝起きたが、とたんに「今日、実家へ行かなければならない」という事実に気がついて、どーっと疲れが出た。
大丈夫なのか。こんなにイライラしているのに・・・。

わたしは、昨日母親が言った四十九日の行事の過程を思い出して、駄目な気がする・・・、と思った。
うつのときと同じだ。
会社へ行かなければ、でもしんどくてたまらない、駄目な気がする・・・、まったく同じだ。
躁のときは、イライラとともに暴言・暴力などで、対人関係にヒビが入るので、まえから決めているが、薬を飲んで一人で部屋にこもっているのがいい。

とりあえず、薬を飲んだあとで、実家へ電話をかけ、具合が悪いことを伝えた。
長年の闘病生活から学んだことだが、このとき病気が起こしている怒りを、そのままぶちまけてはいけない。
代わりに、「具合が悪い」と言うのだ。
そうすれば、ふつうの人にフーンと伝わる。
そうして、対人関係を壊さないようにするのも、闘病のひとつだ。

いまは、頓服が効いていて落ち着いている。
そっとそっと、気を鎮めなければ。
ここ1ケ月ちょっと、マンションに来てから穏やかに暮らしてきたけど、生きているうちは、心に波風が立つようなこともあるな。
自分のためにも他人のためにも、注意深く生きなければと思う。


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ゴミ置き場での出来事

gomibukuro

今日は朝の目覚めが悪くて、将来のお金の計算をして苦しんでいる夢をみていた。
17年前、病気で倒れたときからずっと悪夢を見続けたが、今度のもそうなるんだろうか。
つくづく、「あなたの経済的援助はできない、だって親の介護もできないし」と、暗にわたしに、将来の介護を迫った母親に舌打ちをしたくなる。
あの人はしばしば、自分が本音を言ってしまったことに気づかないのだ。

しかし、暗い気持ちを抑えつつゴミ出しに行くと、なんだかホッとする場面に出会えた。
まず、わたしがゴミ置き場に入ると、マナーを守らず手前にたくさんのゴミが置かれてあったので、わたしは「アホが・・・」と外に出ると、あとから来たおじさんも、「なんやこれは」とぶつくさ言い出したのである。
「まえの管理会社のときは、こんなことはなかったんやで」
「そうですか。わたしはずっと離れてたんですけど、前のゴミ置き場はこんなことなかったですねえ」
「そや。前の所やろ? 最近はこんなんや」
「こんなんする人は変わらへんから、まえの管理会社がちゃんとやってたんですかね」

その後、おじさんは「ありがとう」と言って、ゴミ置き場の中に入っていったが、わたしは「見も知らない他人としゃべったのって、久しぶりだな」と、心がスッキリした。
誰でもいいから、しゃべる相手が欲しいんだな・・・、母親や主治医だけでなく。
それにしても、同じマンションのおじさんでもいいんだから、相当飢えているな。
他人が集まるどこかへ行けば、母親がどうこうだの、同じことをグルグル考えなくてすむのかもな・・・。

わたしは、ベランダに干した洗濯物を見ながら、「今度、衣類を均等にかけられるハンガーを100円ショップで買おう」などと考えつつ、こんなふうに日常を充実させたうえで、徐々に表に出たいと思った。
何年か先には、あの頃は洞穴に入っていたみたいだったけど、まあまあ頑張ったなと思えるような感じを、目指せたらいいなと思う。
忘れてはいけないのは、病気のコントロール。
カッカしたり、気分が最高ー!! になったら、早めに薬を飲んで、誰にも接触しないようにしなきゃ。
人が離れていくときのガッカリ感は、もう味わいたくないんだよね。


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通信費のバカ高

sumaho

昨日は、何気なしに12月ぶんのスマホ料金を見たら、え?! というくらい高かった。
なんでなんで? とあたまを混乱させながら、さっそくスマホ店舗へ話を聞きに行く。

「料金に疑問があるんですけど」と言うと、店員の人はゆっくりとモニターに向かい、なんだかいろいろ考えていた。
「1月からプランを変えたんですね」
「はい。かなり安くなると聞いているんですけど」
「お客さまの手元に届いてるご請求は、12月ぶんです。まだ、1月は終わってませんから」
「えっとじゃあ、2月に引き落としって書いてあるのは?」
「1月から、カードでのお支払いにされてますよね? これだと、引き落としは2ケ月先になるんです」

なるほどーと納得したと同時に、なんでこうスマホ会社は、最初から説明しないんだと思った。
お役所みたいに、聞かなきゃ教えない主義なんだよね。
このまえ、「画像データをSDカードに移したい」という簡単なことを聞いたら、「これ、じつは店員でもわかってない人が多いんです。英語で書いてあるので・・・」と窓口のお姉さんがびっくりするようなことを言った。
どうなっているの? あU。

そしてわたしは話を変えて、12月ぶんはなんでこんなに高いの? という本題に入ったのだが、軽躁にあるわたしは、ペラペラしゃべりが止まらなくなって、店員のお兄さんがどう思っていたか知らないが、こっちとしては早く帰りたくなってしまったのである。
途中からべつのお兄さんも入ってきて、わたしのペラペラしゃべりを二人がニコニコと聞いているという恥ずかしい状態に陥り、わたしは何十分かしてようやく、家に帰ることができた。
もう、しばらくあUには行けないな・・・。

帰宅してから、わたしはスマホで料金の内訳を見た。
やっぱりわからん・・・。
だが、あちこちページを繰っているうちに、ようやく通話料が2つあることに気がついて、はあ? としばらく呆れた。
スマホ屋の明細書は、ほんとうに悪意があるとしか思えない・・・、わざとこんがらかせた糸みたいな感じである。
あーゆうこざかしいところが、つくづく嫌になるのよ。
とはいえ、アフターサービスやキャリアメールの維持のために、格安スマホは考えていないんだけどね。

7~8年ぶりに一人暮らしを再開して、節約生活を送ろうと決めている今日だが、通信費とか光熱費とか、使ったあとで請求が来るものは、気をつけなきゃいけないな。
とりあえず、電話は封じ込めよう。
これだけ通信網が必要になっている時代なのに、それがバカ高いってどうかしているよね。


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断熱材に燃える。

dannetsu

今日もだけど、昨日はほんとうに寒かった!
だけどわたしはそれとは関係なしに、12月ぶんの電気代を見ていて、「このままだと、1万円超えになる!」と悩んでいたのである。

うちの空調機は20年前のもので、省エネの前の製品である。
だが、買い替えるにしても、どのくらい消費するのかなど、ちゃんと把握してからにすべきだろう。
わたしは、省エネ空調機を使っている母が、「年にならして月5千円くらいじゃないの?」と言うのに従って、過去の家計簿も取り出して、いろいろ調べてみた。
すると、ある年で、だいたい電気代が月平均6千円で来ていたのである。
あと千円、節約しなければ。
わたしは部屋を見渡し、なにをどうすればいいか考えた。
そして、どうしても窓から冷気が漂うんだよな、と思った。

「そういえば、先日スーパーで、断熱材を売ってたんだよな。あれ、売り切れてたけど、もう一回覗いてみようか」
わたしは極寒のなか、スーパーまで歩いていき、あたりを見渡すと、おお! あった!! 在庫を入れてくれていた!! と感激した。
そして品物をじっくり見つめ、これでいいな? を繰り返しあたまの中で反復し、わたしにしては多い金額を払って、急いで家に帰った。
これで、電気代が浮くならとても嬉しい! さっそく敷いてみよう。

家具をあちこち動かしながら、わたしはようやく二つの断熱材を、床と窓に取りつけた。
お~。窓の断熱材が、模様が入っていてじつにいい。
窓からの日光がすべて入らないことで、逆に暖かい感じがするのはなぜだろう。
なんだか、閉鎖空間になることで、外気から守られているような気になる。

わたしはその後、いろいろ試行錯誤して、どうやったらより空調機を使わずにすむかに知恵を絞った。
その結果、いつも座っているソファに電気毛布を掛けて座れば、空調は19℃くらいでいけそうだと思った。
まえは23℃にしていたから、だいぶ節約できるんじゃないかな?

これで様子を見ればいいのよね・・・、と思っていたら、今度は次々とここもあそこも寒い! と気になり始めて、気がついたらほかの部屋までやっていた。
断熱材はないので、家じゅうから段ボールをかき集めて、あっちこっちに敷く。
敷いた上に、毛布なんかを載せると、いままで寒いなと思っていた部屋が、いきなりほんわかな感じになるので、びっくりした。
さらに調子に乗って、寝室の窓も段ボールをあてると、朝起きたとき寒さが全然違っていた。
段ボールさまさまである。

それで、いまはとても満足している。
今日もとても寒いという予報なので、食料品はあることだし、もう家でじっとしていよう。
冬ごもりって感じで、こういうのも悪くない。
一人暮らしの楽しさを、満喫したって感じ。


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やる気満々

millerball

一昨日、断熱材のことで考えを張り巡らせていたわけだが、昨日はさらに考えが炸裂し、次から次へと「あれをしたい!」が出てきて、家のなかをバタバタしていた。
最初、考えていたことをしていると、そこにある別のことが気になり、それに関連するなにかをして、終わったと思ったら「あれ? 最初にしたかったのはアレだった」という羽目になっている。

さらに、夜になってなんだか気が向いて、部屋を真っ暗にして小さなランプを点け、ステレオを大音響にしてジャズを聴いた。
おお! ステレオのイコライザー(まだ持っている)がチラチラ揺れる光が、若い頃、カレシの車で移動したことを思い出させるぞ。
あの頃は、大学生でもわりと、車を持っている人がいたわねー。
いまはみんなに嫌われているバブル世代だもんね。

それで、困ったことにまた次々と考えが浮かび、今度はバブル世代をターゲットにした商売を見つけた! と思いついた。
それは、「個室ディスコ」である。
まず、それぞれはカラオケのように、おひとりさまで個室に入り、ミラーボールくるくるの中でカクテルを飲んだり、全員同じ曲で踊ったりする。
その様子は全員モニターされており、同時にすべての客のモニターも見ることができる。
そんで、「おっ、この人は」と思った異性がいたら、室内にある電話でコールすることができるようにする。
するとお互いモニターを見ながら話ができ、一緒に飲みたいなと思ったら、それぞれがダンスホールの方へ移動する。
晴れてお見合いパーティのように、二人だけで話せるようになるのだが、これってハッキリ言ってナンパなんだよな。
でもいいんだよ。あの時代、ナンパとディスコはセットだったんだから。
いいおじさん・おばさんが、ホールでいきなり踊れるわけがないんだから、これくらいがちょうどいいんだって。

そんなことを考えながら、でもわたしはこういう商売はできないからなあ・・・、と考えた瞬間、「躁だ!」とひらめいてしまった。
躁の人って、よくある例として、こんなの失敗するに決まっているという商売を始めてしまって、自己破産って珍しくないんだよ。
わたしがもし、もっと病気が重くて、もともと起業に興味を持っていたりしたら、こっちの方向で失敗するんだろうな。
恐ろしい・・・、そういえば、次々とやりたいことができてファイトが出てくるっていうのも、躁の症状である。
やばいのかなー。でも、いまはまだ金銭的被害はないし・・・、いやでも、ちょっとやばくはなっているな。

ここ数日間、わたしはハウスキーピングに熱中していて、次から次へとあっちもこっちも改良してくてたまらない。
ついいま考えていたことは、さっき動かしたスピーカーの空間が淋しくなったから、ユッカの木を買おうかということだった。
昨日は、リビングのカーペットが傷んでいるから通販で買おうかな、ジャズのCD欲しいな、カセットデッキが欲しいな、とか節約生活とは程遠い欲求が生まれてくるのだった。
躁のときのコレって、なかなか止められないんだよね。
自覚している人は多いと思うけど、「いや、でも欲しいんだ!」という気持ちが勝ってしまうのだ。

しかし、あとでどういう副産物ができるかわからないが、こういう軽躁でやる気満々のときに、仕事をやっつけるという考え方もある。
気分障害とは、自分で気分をコントロールできない病気だから、きっかけもなくまた無気力になったりする。
そのとき、「こんなの、よくやったなあ、自分・・・」と思ったりするので、そのときの自分のために常識の範疇を超えない程度に、せっせと行動すればいいかなと思う。


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ジャズの一日

chikuonki

昨日の朝は、とても気分がよくて、なんか軽くジャズをかけたいなと思ったのだが、うちのCDは聴き飽きていたので、パソコン出力を試みた。
いままで、パソコン音源というと、シャカシャカな軽い音しか出ないと思っていたので、期待はしていなかったのだが、凝り性のわたしは「なんとか聴ける音にしてやる!」と、いろいろ試みたのである。

始めはずっこけるくらい、シャカシャカな音で、やっぱスピーカー要るのかなーと考えたが、あちこちいじくりまわして、ようやくイコライザを見つけて調整し、ジャズピアノに関しては、まあまあカフェで聴くくらいな程度にはなった。
朝、それを聴きながら部屋のなかをウロウロしていると、「あー優雅だなー」と思った。
こんな優雅な気持ちを、働いてもいない人間が味わっていいんだろうか。
だけど、ここに至るまでの17年間、わたしは精神病院を別荘とし、暗い閉鎖空間のなかで、職も友だちも全部失ったのである。

昼食時は、それを聴きながら、地上波テレビのモニターだけ見ていた。
地上波は、うるさいから昔から嫌いなのである。
BSは、お昼は東京株式市場くらいしか見るものがないのだが、これはBGMになかなか心地よいジャズフュージョンを流してくれるので、それを聴きたさに見ていたりすることがある。

お風呂に入り、夕食をすませると、夜はモダンジャズに変わって、80年代ジャズフュージョンをかけてみる。
んー・・・、まあモダンジャズよりは、夜向きかな。
懐かしい音だ。こうしていると、とても安らぐなあ・・・。
そういえば、実家ではうるさがり屋の父がいたから、音楽ってものをかけられなかったんだよね。
そんなことを考えながら、昨日に引き続き、わたしはまた部屋を真っ暗にして、浮かび上がるパソコンの輝きと、ゆらめく電気ろうそくの光を感じながら、こんな日々がいつまでも続けばいいのにと思った。
でも考えたら、きっとこうなるって思ったことは、ほぼ全部裏切られているんだよね・・・、しかも悪い方向に。
いい方向に向かったのって、いままでどのくらいあっただろう?

自宅マンションに帰ってきてから、だんだん毎日が楽しくなってくる。
ずっと忘れていた、できなかった趣味がもう一度、手に入りつつある感じ。
健康だった頃は、こんなことは当たり前にやっていた。
過去は完全には取り戻せないけど、追尾するっていう感じかなと思う。


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ホットカーペットを購入

heya

昨日は、寒いし食料品もあるので、家から出ずにジャズ・ボサノバを聴いていた。
これって、いかにもカフェのBGMで、しゃらくさいけど落ち着くんだから仕方ない。

そして最近、ハウスキーピングに余念がないわたしは、辺りを見回して、どうしても気になるリビングのカーペットにため息をついた。
これは20年前に買ったもので、安かったからか、いまはボロボロと粉が剥がれ落ちている。
ハッキリいって、早く捨てた方がいい。
それをずっと戸惑っていたのは、カーペットは部屋の多くを占めるものだから、選択を謝りたくないという一心からだった。
でも、これを機会に買い直すのがいいかもしれない。

思いついたらすることが早いわたしは、すぐさまパソコンに飛びつき、ぱっと見ておっと思ったカーペットを速攻購入した。
母は女の買い物で、だらだら悩み続ける人だけど、わたしはいいと思ったら迷わず買う。
レビューで、複数の人が「子どもが喜んでゴロゴロしてます」と書いていたので、これはいけると思ったのである。

その後、いまは臨時に、フワフワ敷布団をリビングに敷いているのだが、ズルズルずれるので早くなんとかなってほしいと願った。
ぜひ、今日には届いてほしい!
これは、きっと躁のために衝動買いした買い物じゃないと思うんだよね。

夜、そのことを楽しみに考えていたのだが、ふとソファの後ろを振り返ると、ああスピーカーのあった空間が・・・。
ここに、ユッカの木を置くととてもいい感じになると思うんだよね。
ユッカの木って、ネットでちらっと見たら1万円もしてるのよ。
まじかー。もっと安いのあるよね?

こうやって、次から次へと買い物が増えていって、気がついたら不要なモノで溢れかえっていた、ということにならないよう気をつけないと。
躁でゲームを8本買ったときは、あとから考えて、どう見てもわたしにとって要らないモノばかりだった。
なぜか、やってもいないのに「次!次!」ってなるんだよね。
あれは、ほんとうに制御が難しいんだよ・・・。

いま欲しいのは、これらのほかに、壁にかけるキルトなどである。
これも、ネット通販ってことになるのかなー。
メルカリで探してみようかしら。
この果てしない欲求が、ちゃんとどこかで止まってくれるように祈るわ。


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ユッカの木とパッチワーク



昨日も寒くて食料品もあったので、一日じゅう家のなかで過ごす。
すると、やっぱりどうしてもユッカの木が欲しくなり、ネットで調べて案外ポンと買ってしまった。
割安のやつだったけどね。でも、あの空間には絶対、観葉植物が必要なのよ。

それで一息ついたかと思えば、今度は白い壁が気になり、昔から欲しかったパッチワークを貼りたいなあ・・・、と思い悩んでしまった。
そうだ、こういうときはメルカリ。
きっと、出物があるに違いない。

それであれこれ見ていたのだが、一点、おっと目を奪われたインド製のものがあり、サイズを測るとピッタリだったので、これも案外ポンと決めて買った。
出品者の人は、誰かからもらったもののどうしようもなく、ちょっと後ろめたい感じがあったようだが、使ってもらえる人がいてよかったです! と喜んでいた。
自分の要らないものが、人に使ってもらえるって嬉しいよね。
いろいろ騒動もあるメルカリだけど、正しく使えばいい物々交換の場になっていると思うのよ。

さてそして、わたしは一昨日頼んだリビング用カーペットを心待ちにしていたのだが、ついぞ来なかった。
えー。アマゾンなら、午前中に届いているよ。
まあ、そういう過剰サービスをあてにしちゃいけないんだろうけどさ。
でも早く来ないかなー。

短期間でずいぶん買い物をしてしまったが、常にわたしは、これが躁のなせる業じゃないだろうなと確認している。
でも、同じ物を買い続けているわけじゃないし、7・8年間も放ったらかしにしていた部屋だから、当然手入れも必要だよね。
たぶん、大物の買い物はこれで最後だから、あとはホワイトボ―ドのペンとか小さなものばかり。

あとは、リビングルームのマチスの絵のコピーが、色褪せていまいちなので、ベッドルームにあるやつと取り替えよう。
昔、健康だった頃、気の置けない女友だちに、「あんたの部屋、裸の女ばっかりやから風景画を買い」と言われて、無理矢理売り場に連れていかれたっけ。
あの頃は、たくさんの温かくてお節介な友人たちがいてよかった。
病気にならなければ、彼女らとともにに仲よく生きていけたのかなあと思う。

考えればため息の出ることばかりだけど、とにかく、部屋の雰囲気を落ち着けることに専念しよう。
それが終わったら、また新たにしたいことが出てくるのかな。
いまはそれがなんだかわからないけど、ちょっとだけ楽しみでもある。
病気で不憫だった17年間を、少しでも取り戻したいと思っているんだよね。




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ゆったりと過ごす。

agedashidoufu

昨日は、結局頼んでいたカーペットは届かなかった。
改めて、請求メールを見ると、あらら31日前後のお届けと書いてある・・・。
しかし遅いな。メルカリで買ったパッチワークは、今日着くようにしたって出品者の人は言っていたぞ。
業者が3日以上もかかるなんて、信じられない。

それでなんとなく手持無沙汰で、マチスの絵を、ベッドルームとリビングのとで入れ替えた。
凡庸だが、わたしはマチスとピカソとゴッホあたりが好きである。
嫌いなのはルノアール・・・と言えば、わかる人にはハイハイ、って感じかな。
ともかく、リビングに飾ってあったのは日に焼けていたので、目に入るたびなんだかなあだったのだが、入れ替えたのは驚くほどに部屋に馴染んでいて、わたしは大いに満足した。

それから、元彼Sちゃんが置いていったコーヒーを淹れて飲んだ。
あの人、当主になってから節税対策の畑仕事が加わったから、もうこっちへは来ないだろうな。
人と人との約束なんて、守られることはないよ。
わたしは滅多に飲まない上物のコーヒーに、のんびりくつろぎながら、そう思った。
うん、コーヒー美味しいよ。今度スーパーで買ってこよう。

その後、フレンドがいる手前、「どうぶつの森・ポケットキャンプ」をやっていたのだが、眠くて眠くて何度もスマホを落としかけた。
これ、ほんとに何回やっても眠くなるんだよ。
癒し系のゲームって、どっかが根本的に間違っている気がするな。
だからって戦闘ゲーは、闘いにつぐ闘いで、大人の女性向きじゃないんだよね。

夕方は、安かった広島菜を炒め、揚げだし豆腐をつくった。
それと数日前のポテトサラダを、ようやくやっつけた。
ポテトサラダって、じゃがいもを2個使っただけなのに、なんでこんな大量にできるわけ。
最後の方は、馬になったような気分だったわ。

ともかく、一日ゆったりと過ごせてよかった。
わたしは、7・8年間実家で居候していて、いかに自分の生活が送れていなかったかを痛感した。
父がうるさかったので、音楽もかけられなかったし、なんでも言われたことに従うだけで、自分で決めて行動することが困難だったのだ。
いまは、だんだん自分一人の生活を楽しみ始めている。
こうでなくちゃ。
地道にコツコツ生活して、生きている価値を見つけなきゃ。


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未知の隣人

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昨日は怖い目にあった。
最近、部屋の改造に余念がないわたしは、お待ちかねの壁用パッチワークが届いたので、さっそく壁にそれを貼りつけようとした。
すると、隣の部屋から、トントントンとわたしの金づちに合わせるかのように、コンクリートの壁が鳴ったのである。

「え? エコー??」と一瞬考えたが、また一度鳴ったので、これはお隣さんが苦情を言っているんだとわかった。
作業も終わったところだったのでよかったのだが、わたしはしばらくしてからガクガクしてきた。
「もし、わたしが精神病患者だってわかったら・・・」
そんなことはないと思うが、釘のように、知らない間にわたしは、正常な人から見て非常識だと言われるようなことをするかもしれない。
そう考えると、心では「まともな人たちに近づかないようにしよう」と考えていても、無理なんじゃないかとぞっとした。

それにしても、心の中でごめんなさいと言いつつ、ここにわたしは20年間住んでいるけど、横からの音はまったく聞こえたことがないんだけどなあと不審に思った。
それで母に電話で訊いてみると、「いや、マンションは響くのよ。横だけじゃなくいろんなところに」と言うので、わたしはますます「みんなに迷惑かけてしまった・・・」と、身が縮こまった。
過剰反応だ思われるかもしれないが、病気になってからずっと、こうして周りから嫌われて石を投げられてきたのである。
昔からのキチガイが、上目づかいでビクビクしているというのも、わたしにはわかる。

そして、浮かない気持ちでその後を過ごしたのだが、改めて、お隣さんの事情について気がついてしまった。
あっちからすれば、こっちの方があとから引っ越してきた新参者なんだ。
「お隣、誰か引っ越してきたみたいよ」
「ベランダ見ても、洗濯物ないし、男か女かもわかれへん。挨拶もけえへんし、なんなんやろうな・・・」
それで、なんとなく雰囲気のよくないところへ、壁から金づちの音??
そうかも・・・。向こうはこっちを警戒しているのだ。

もうすでに、お隣さんのわたしに対する印象は悪くなっていると思うので、わたしは今後、とにかく静かに暮らそうと思った。
いくらなんでも息をひそめている必要はないので、いままで通り、ゆっくり過ごそう・・・。
この調子だと、もし向こうがこっちが一人暮らしの精神障害者だと知ったら、ショックで顔を歪めるだろうな。
せっかく買った我が家の隣が、あたまが変な人。
このフレーズを見ると、わたしだって気の毒にって思うよ。

まあいろいろとしょんぼりしてしまったが、それでも生きていくしかない。
人は誰だって、誰かに迷惑をかけて生きているんだ、ってどっかに書いてあったな。
その通りだと思って、自分の失敗をあまり責めないようにしよう。
同じ失敗を二度やらなきゃいいんだって考えて、前向きにならなきゃね。



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プロフィール

由巳ゆみ.

Author:由巳ゆみ.

2000年うつ病、解離性障害と診断される。
2010年うつ病から躁うつ病と診断名が変わる。
現在は一人で闘病生活を送っている。
◆LIFE,LOVE&ごはん
  (ダイエットブログ)

◆LIFE,LOVE&PAIN
緊急避難先(FC2ブログ更新不能時)

当ブログについて

◆管理人の日記です。
◆文章の転載はお断りします。

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