LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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過去のプライド

supaiku
昨日は一昨日の続きで、精神障害者への理不尽な扱いについて考えていた。
こんなことを考えているのは、身体によくないと思うのが、困ったことに、気になることは決着がつくまで考えたいのである。

わたしは、数年前にH主治医に訊かれて、元陸上短距離選手で、ある程度の戦績もあることを話したことがある。
「短距離100・200です」
「へー! すごいやん。100のタイムはなんぼ?」
「1○秒○○です」
「僕は、50m7秒5やで」
「あ、そうですか」

最後の言葉があまりにそっけないのは、男子のタイム、しかも50mの相場を知らないからである。
100m競争っていうのは、100mの地点で誰が勝つかのゲームなので、途中はあまり関係ないというのもある。
さらに、こういったことを訊かれた場合、ほぼ100%の男性が自分の50mのタイムを言ってくるので、いつも通りに反応してしまったということだった。

ところで、こうした診察の内容やデイケアの様子は、医師・精神保健福祉士・看護師の間で、情報交換がなされている。
するとふと一人、デイケアに、筋肉自慢・スポーツ大好き男性スタッフがいるのだが、もしこの人にわたしの100mのタイムを知られたら、「そんなこと、なんで何食わぬ顔で黙ってたんだ、気分の悪い!」と、精神保健福祉士としても男としても、患者に負けるわけにはいかないというプライドを燃やしてくるだろうと妄想してしまって、暗い気持ちになった。
「昔は優秀だったかもしれないけど、いまのあなたはただの精神障害者なんですよ」ってやつである。
でも、競技スポーツは娯楽スポーツとは全然別だし、競技選手は最盛期の自分を守りぬくために誰とも張り合わない。
だが、そんなことはあの精神保健福祉士は理解できないだろう。
精神障害者っていうのは、単純な考えしかできなくて、自分にわからないところはないって思っているんだから。

かつて、付き合っていた男性だが、いつもすまして穏やかなのだが、時折、ビシッと険しい顔でものを言う人がいた。
いま思えば、あの人はあることには強いプライドがあって、誰にも触らせたくなかったんだな。
そういうとき、人は簡潔に素っ気なくものを言って、その場を終わらせる。
わたしがH先生にやったのも、それなんだな。
あたまで考えていたのは、「その話は、どうせ言ってもわかんないから」だった。
H先生は、誰のあたまの中でも見抜ける天才なので、「ああ、そういうこと」って理解したはずだ。

一日中、プライドについて考えていて、わたしはとても不安になった。
精神障害者って、医療現場でさえ人間らしさを軽視される・・・。
わたしの陸上のチームメイトが精神医療の実態を聞いたら、きっと「何それ?! やめて!!」って言って、わたしを現実に引き戻そうとするとだろう。
ほんとうに、正常な社会に戻りたいよ。ここは、怖すぎる。

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