LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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アインシュタインの言葉



結局昨日の診察では、H主治医と、人生をまっすぐ歩く方法について、話すことはなかった。
しかしわたしは、帰ってからスマホニュースで、アインシュタインが遺した言葉を読んで、目を見開いた。

10項目ぐらいあったけれど、そのひとつひとつがわたしの混乱を解くカギになっていて、わたしが求めていた訓示はこれだ! と感嘆した。
わたしは、うちひとつの、「問題は、最初の考え方をしていても解決できない。考え方を変えなければ」という言葉に、わたしはなるほどと思った。
いま自分が解決できていない問題って、何だろう・・・。

すると思い出したのが、妹との不仲である。
もうすぐ父も亡くなるのに、それでも仲直りできないなんて異常だ。
今まで何回も大喧嘩をしてきたが、彼女は必ず数年経つと、仲直りしようと言ってきた。
それが今回は、その気配もない。
母も、あの二人の仲直りは無理よ! と父に断言している。

わたしはいままで、彼女がヘソを曲げているだけだと思っていたが、アインシュタインの教えに従うと、それはほんとうに、この考え方で良いのか?
別の考え方をするとどうなる?

そもそも彼女と不仲になったのは、わたしが激躁で、頭がおかしくなっていて、彼女の旦那さんを脅迫したからなのだ。
実は、その事実は覚えていない。
しかしその後、母から、「あの二人は、あんたのことを怖がってるねん」という言葉を、ちらっと聞いた。
なるほど、そういうことか。
じゃあ、今回の喧嘩はいままでと違って、タダの姉妹喧嘩じゃないんだ・・・。
夫婦2人で、わたしを軽蔑しているという話なんだね。
母はそのことを知っていて、だから父に「二人の仲直りは無理よ!」と、強く訴えたのか。
「旦那さんが、ゆみのことを嫌ってるから、ゆきもゆみに会われへんねん」ってわけだな。
つまりほんとうは、旦那さんVSわたしだったというわけか・・・。
解決しないはずだ。

妹の旦那さんは、公人で人格者である。
こんな立派で、一点の曇りもない人に、虫けらみたいに軽蔑されているのは、情けなくてみじめだな・・・。
先の話だが、わたしは父のお葬式に出席するのが、億劫になってきた。
出なきゃダメなのかな? ダメだよなやっぱり。
家族葬だから、どうしても近くで顔を合わせることになってしまう。
親族だけの集まりのとき、具合が悪くなっちゃうことにする?
ーー母に、ボコボコにされるだろうな。
双子によくある、「ゆみちゃんゆきちゃん、どっちがどっち?」を親族にやられたら、両者腹が立って、返事もしないだろうな。
あの質問、もとから腹が立つんだよ。
双子の顔が似ているのを、面白がられていると感じるし、双子も別のアイデンティティを持っていて、違う人間なんだってことを、わかっていないと思うからね。

さてそういうわけで、そのうち控える父のお葬式には、頭が痛いのである。
これを問題だと捉えれば、アインシュタイン先生は、「別の考え方をしろ」と言うんだろうけど、どの道も塞がっているというか・・・。
それか、アインシュタイン先生は、考える間もなく、「肉親との争いに時間と労力を費やすなんて、ほんとうに無駄なことだよ」とか言いそう。
つまりオマエがちゃんと、葬式に出ろってことか。

ただ、アインシュタイン先生に嘆きたいんだけど、躁のときに行った愚かしい行動の数々って、病人は忘れたいんだよね。
はっきり言って、そんなものをひとつひとつ覚えていたら、何回も自殺しなきゃならないよ。
実際自殺する人がいるしね。
わたしは、わたし自身が自らにつけた汚点を、まじまじ見つめて、繰り返し繰り返し、一生後悔なんかできないから、もーある程度は逃げるのもアリだと思っている。
もしそれが、お葬式の場で、コソコソ逃げ回るという結果になったとしても、もう運命だ、仕方ない。

まーどっちにしろ、温和なお葬式というわけにはいかないかもしれない。
いちばん苦労するのは、その間に入った母親だろうな。
これからもすべては、この人が中継点だ。
わたしと妹の関係が修復するのは、おそらく旦那さんが亡くなったあとーー最低20年はあるだろうか。
母には、見られない光景となるのかな。
まーわたしとしては、彼女と仲良くしたいという気はないけどね。

ただ母が亡くなる間際とか、やはり姉妹が力を合わせなければいけないときがあると思うんだよね。
そのときのために、布石を作っておかないといけないなとは思う。
まあそれも、簡単にはいかないだろうけど、そのときこそ、問題解決のためにあれこれ考えて、賢く立ち回らないとなと思う。

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