死んだわたしの面影

kamen

昨日、病気になってから、自分が変わってしまったことを考えているうち、「まえの自分って、どんな感じだったんだろう」と思い出していた。
まえのわたし・・・、いまより思慮深い人だったらしい。

「思慮深いって、どういうことなのかな。考えてから、しゃべるってこと?」
わたしは、頑張って思い出そうとした。
でも、そんなに口が重いということは、なかったと思うよ・・・。

わたしをイヤイヤお見舞いしてくれた元親友たちは、お寺に行ったとき、石碑を見てアレコレと語り合っていた。
わたしは興味がなくて、ボーッとしていた。
でも、もとのわたしなら、彼女らと一緒になって、思慮深くうなずき合っていたのかな?
少なくとも、ただ突っ立ってはいないよな。

ベージュのスーツを着たわたしが、会合に主席するために、大阪駅のビルの間を、足早に歩いていく。
「ああ、こんな紙袋、持っていきたくないけど、これ渡さないといけないから、仕方ないよね」
そんな彼女とわたしは、そんなにも違う人間なんだろうか。
確かに社会的基盤があるから、フットワークは軽かったけど、思慮深さがいまより全然違うなんてことが、あるだろうか?
わたしには、あのときの記憶が鮮明にあるのに、どうしていまの自分と彼女が違う人間なのか、わからない。

ないものねだりだが、まえの自分でいたかった。
わたしは、まえの自分がもし、デイケアの部屋に入ったら、どう思うだろうと考えてみた。
「ああ、精神疾患者のリハビリの場所だな」「家庭的だな」「社会復帰は無理だな」「規則正しい生活、孤独を解消、のんびり過ごす、が目的だな」
そしてもし、いまの自分がここにいるのを、まえの自分が発見したらを考えてみた。
「えっ、なんでわたし、こんなところにいるの??」「どうして?? なにが起こったの?!」「これがわたし?! 信じられない!!」

彼女は首を振って出ていき、深い絶望に沈み、死刑執行までの日々を苦しく過ごす。
まえの彼女、悲惨だな・・・。
「精神病になって、ふつうじゃなくなるなんて、もう死のう・・・」と、真面目な彼女なら考えるだろうな。

まえの自分について、いろいろ考えてみたが、やはり「こういう人だった!」という明確なイメージが湧いてこない。
母によると、いまはちょっと幼くなっているそうだけど、こういうことも受け入れなきゃ仕方ないよね。
37歳のときに、死んでしまったほんとうのわたし、もっともっと思い出してみれば、なにか面影が出てくるような気もする。
これもリハビリっていうのかな?
退行しているいまの自分の精神を、強化するのに役立つと思うんだよね。


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由巳ゆみ.

Author:由巳ゆみ.

2000年うつ病と診断される。
2010年躁うつ病と診断される。
現在は精神障害者として一人闘病生活を送っている。
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