LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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障害と貧困の日々

osaka_jo

昨日も今朝も、自分に疲れ果ててしんどい。
過去も未来も、わたしにとっては重くて、とても辛い。

なぜ、未来にこんなに絶望的になるって、やっぱりお金だろうな。
母は、「そんなもの、そのときになれば、制度が変わったりして何とかなるよ」と言うが、わたしは普通の人じゃないから、ザルから洩れそうな気がするのだ。
お金がないとなれば、マンションを売って賃貸に移動しなければならないわけだが、賃貸って精神障害者は嫌われるんだよね。
もうすでに生活保護を受給している障害者は、貸してくれるところもあると思うけど、そうでない障害者はどう考えても厳しい。
どうなるんだろう、わたし・・・。

加えて、母の介護問題がある。
パッタリ亡くなる確率の方が少なく思えるから、少しはそういう期間があると考えた方がいいかもしれない。
しかしいまでも、自分一人ぶんの家事がギリギリアウトだと思うのに、二人分なんてできるはずがない。
介護サービスは受けにくくなっているというし、この傾向はこれからますます強くなるだろう。
わたしは、その惨状を想像してゾッとした。
食事もまともにつくれず、掃除も拒否して、倒れているわたし。
ヘルパーが「大丈夫ですか?」と言うが、救急車を呼ばれたら困るので、「今度、病院に行きますから」と呻いている。
母はそれを、困ったようにボーッと見ている。・・・

精神障害者って、全員に言えることだと思うけど、とても疲れやすくて持久力がないんだよね。
それに追い打ちをかけて、症状が波状攻撃をかけてくる。
だから、ほんとうにわがままとかじゃなくて、生活できないんだよ。
少なくとも、精神障害2級レベルの患者はそう。
「日常生活が援助なしではできない」という基準なんだよね。

いまのわたしを見ていたら、ほんとうになんの趣味も興味も持たず、ただ一日ボーッと過ごし、人とのコミュニケーションもほぼなくて、「ほんとに精神障害者だな」と思う。
母が動けなくなるうちに、好きなところへ行っておいた方がいいのでは? と考えたが、「行きたいところってどこ?」と思ったら、とくにないのだった。
唯一、大阪城公園に行きたいかもと考えたが、次の瞬間「遠いやん」と廃案にした。
こういうのも、精神障害者の特徴の一つで、気力がなさ過ぎて、あちこち行く元気がないのだ。
このままだとわたしは、母が元気であろうとなかろうと、どこにも行かないんじゃないかという気がする。

障害に加えて貧困。
これって、一般的に考えても苦しいよな。
わたしが悲観主義者だからなのかもしれないけど、生きていくのが辛い。
だけど、自殺しちゃった身体障害者の友だちには、「なんで死んだん?! 声かけてくれたら、力になれたかもやのに!!」とわたしは必ず言うから、光がさしてくるのを我慢強く待つしかないんだよね。

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