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母親アレルギー



昨日は診察日で、わたしは帰りにマンションに泊まった。
するとしばらくしてから、ある異変に気がついたのである。
「ネバネバした唾が、元に戻ってる!」

この春からわたしは、急に自分の唾がやたら粘り気のあるものになり、しょっちゅうそれを飲み込んでは、しゃべりにくい状態にあることに辟易していた。
調べてみたらそれは、交感神経が優位にあることが原因のひとつと考えられることがわかった。
交感神経・・・、興奮・緊張状態にあるということだ。
わたしはそれを思い出したとき、一瞬で「母だ!」とわかった。

自分のマンションに入ると、わたしはとてもほっとする。
母の存在がないというだけで、肩の力が抜けるのだ。
なんてことだろう・・・。
だけどわたしが、ここまで母を嫌っているとは知らなかった。
あの人の前にいると、まるで針のむしろなのだ。
なぜだかわからない。
もう子どもの頃からなのだ。

それに加えて今後、介護問題が出てくると、どうしてもわたしは、この人のために自分の人生を捧げなければ、という義務感を背負わされる。
わたしにとって、母はさらに脅威となるわけだ。
世間の人たちは、そんなこと言ってないで、しっかりしなさい、と言うかもしれないが、障害者の日常生活って、なかなか生易しくはない。
自分にヘルパーが要るぐらいなのに、どうして二人分の家事ができるだろう。
わたしは、それらのことを考えて、わ~、ダメだ! と頭をかきむしりそうになった。
逃げたい! 
いますぐ母から逃げたい!!

しかしいまは、末期ガンの父がいる。
猫だっている。
いますぐはダメだ。
それに、貯金のことはどうなるの?
あんなに将来のことを悩んでいたのに、早々に一文無しになるつもり?
でも、母が死ぬまで、ずっと一緒というのは無理だとはっきり分かる。

それでわたしは、あ~どうしよう、と悩みまくっている。
元彼Sちゃんか、H主治医に相談したい!
でも先日わたしは、自分のことは自分で決めろ! と決断したばかりなのである。
いままでは、人に頼りすぎた。
しかし困ったことに、双極性障害の症状として、人生にとって取り返しのつかないような、誤った決断をするというのもある。
自分に自分の座標軸がないというのは、とてももどかしい。
わたしはこうやって、一生誰かに何かを聞いて回らなければならないのか。

数日前に、何かを読んだら、「人生は決断していくものだ」とか書いてあったけど、わたしはそんな、頑張って決断したことなんてないけどな、と思った。
もう絶対こっちでしょ、っていうのが、たまたま当たっていたのかな。
病気になったいまは、どうなんだろう。
実家にいて、母親のもとで安穏と暮らしていれば、貯金は減らないが、心身が辛い。
自分のマンションにいれば、心身ともに楽だが、貯金がなくなって将来がきつい。
どっちを選べばいいんだろう??
ここは、重要な選択肢だ。
やっぱり、病気で正常な判断力を失っているわたしが、一人で決めるべきことじゃないかもしれないな。
最終的には自分が決めるにしても、時間をかけた方がいいような気がする。

母は、病気になったわたしを、ほとんどあてにしていないが、だからといって全然というわけでもないらしい。
しきりに、グループホームを口にしているが、その口の端から、「劣悪な環境だけど」と一言多い。
そんな風に説明されて、誰が「じゃあ行ってください」と言えるだろうか。
わたしが母についてしんどいのは、そういうところも含めてなのである。
なんだかとても、未来が暗い。
いままでは、自分の未来は、先へ向かって開けていたのに、これからの未来は、先へ向かって閉じているような気がする。
その閉じた世界の中で、いまわたしは、将来が見えずに苦しんでいるのだ。
由巳ゆみ.
Posted by由巳ゆみ.

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