もとの自分に戻る

danball

昨日は、母親へのアレルギー症状として、唾液のネバネバ感以外に、もう一つ発見してしまった。
それも、この5月から始まったもので、症状は、簡単な単語・フレーズが出てこないというものである。
急に始まったので、怖い病気ではないと思っていたが、このことをボーッと思案していたら、はたと思い当たってしまった。

「言いたいこと言われへんって、まさに現状やんか」
これから父親が亡くなって、母と二人きりになれば、いやが応にも、わたしは好き勝手なことを言えなくなる。
双極性障害のため、ちょっとでもきつく言うと、相手が怖がるからだ。
いままで散々、家で暴れてきたのだから、わたしは自分を抑えて、この1年間、常に母の言うことを黙って聞いていた。
でもほんとうは、それが嫌で嫌でたまらなかったのだ。
さらに母親は、不用意に自分の介護問題を持ち出し、わたしを恐怖に陥れた。
それは健常な人にとっては、なんでもないことだったかもしれないが、自分の身の回りのことも満足にできない障害者にとっては、なにもかもが上の空になるほどの大問題だった。
まるで鎖で繋がれた重い石のために、ズルズルと自分まで倒れていく姿を、わたしは想像した。
自分のたった一つの人生が、この人のために破壊される・・・。

わたしは自分のマンションで、深く沈み、考え込んだ。
どう考えても、この唾液ネバネバと、言葉が出ない症状を、一生抱えているにはいかない。
どうにかして、母親から離れなければいけないのだ。
じゃあ、お金を稼ぐしかないじゃない・・・。
A型作業所について、もう一度検討するしか、方法が見つからない。
わたしは、自分が働く姿を想像した。
すると健康だったとき、ふつうに仕事をして、帰ってきて、食事をして、風呂に入っている、楽しい自分が思い起こされた。
あーそうか、仕事は違えど、あのときの生活に戻ることが、最終地点なんだよね。
そこまで登ってこそ、初めてわたしは、「やれやれ、病気のために散々な目にあったけど、ようやく元に戻れたわ」と腰を落ち着けることができるんだね。

わたしはいろいろ想像して、これからのことを考えた。
しかしまず第一は、病床の父親のことを考えなければいけない。
この事が終わってから、すべては着手だ。
たぶん年始めあたりに、A型作業所を探すことになるだろう。
最近は、作業所の数も減っているし、うまく見つからないかもしれないが、焦らずに行こう。
ここから先は、たぶんあまり考えすぎてもいけない。
とにかくこのことはすべて、H主治医に相談しよう。

じつは先だって、元彼Sちゃんにlineをしてみたのだが、とてもそっけなかった。
もう駄目なんじゃないかと思う。
多忙なのは事実だろうけど、急速に離れていったのは、去年わたしが、将来の不安を訴え始めたときからだからね。
きっと、楽しく飲んで遊んでくれるキャバ嬢が、現実に目覚めて深刻になってしまったから、もう用はなくなったんだろうな。
とても残念だけど、でもそれだったら、いまのわたしにとっては本望だわ。
病気で、虚栄にいるわたしこそが好きな人なんて、本来のわたしからすれば不要な人だもんね。
Sちゃんにはたくさんのことをしてもらったけど、すれ違っていることが分かってしまったら、もうお互い先はないなって感じ。

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由巳ゆみ.

Author:由巳ゆみ.

2000年うつ病と診断される。
2010年躁うつ病と診断される。
現在は精神障害者として一人闘病生活を送っている。
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