LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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世間知らずな障害者たち



昨日は、まだ見たこともないA型作業所について、あれこれ想像してしまい、ちょっと疲れた。
数ヶ月前、電話したある事業所は、電話に出た女性が、明らかに知能指数の低い人だったので、この人が1人で、20人の従業員を束ねているとしたら、従業員同士が仕事を割り振りしてやっているんだな、つまり能力の高い人ほど損をしているだろうな、と推測せずにはいられなかった。

だいたい、身体、精神、知的の異なった3種類の障害者を全部同じにして、仕事をさせるってどうなのよ。
いちばん気の毒なのは、身体障害者である。
頭の中は、普通の人とまったく変わらないんだから。
精神だって、あまり変わらない。
養護学級にいた人と、進学校にいたわたしが、なぜ同じなんですか。
こういうことを言うと、差別だ、思い上がりだという人がいるかもしれないが、自分に当てはめてみてほしい。
いままで身につけてきた教養を、すべて剥奪されるんだよ。
どれだけの屈辱だと思ってんの。

だからといって、デイケアに戻るのも気が進まない。
H主治医に、「なんで嫌やねん」と聞かれて、わたしは答えた。
「話が合わないんですよ」
「・・・」
「皆さんは、10代頃の発症だから、話が学校で止まってるんです」

これはほんとうのことで、ほとんどの人が、大人の会話ができない。
世間を知らなすぎるのだ。
例えばわたしが、社会に出てから経験したすべてのことを話しても、誰にも通じない。
その代わりに、「自分は〇〇高校出身だ」と言ってくる。
比較的、偏差値の高い学校が多いから、おそらく過去の栄光を、名刺代わりに差し出しているんだろうな。
でも、あとに話が続かない。
学力と、知性・経験は別だもんね。

だから障害者の世界にいると、話が通じる人が、実に少ないのだ。
わたしが、多くの精神障害者と接しているのに、友だちができないのもこのためだ。
また彼らは、積極的に友だちを作ろうともしない。
多くは、家族に守られて生きているので、どうもその必要がないらしい。

デイケアがこんな感じだから、作業所はもっとひどいかもしれないな、とわたしは思った。
身体の人も精神同様、子どもの頃から障害を持っている人と、大人になってからの人は、立ち居振る舞いが違う。
うまく言えないが、わたしが社会に出て初めてのとき、社会人たちが、学生とはまったく異なる話し方・振る舞いをすることに、びっくりしたものだ。
たぶん、あの洗礼を受けているか否かなんだよな。
身体・精神・知的が、ごった煮の作業所に、そういう人がどれだけいるかってことなんだよね。

職場って、よく言われるように、ほとんどが人間関係だから、この問題は決して無視できない。
わたしは、社会人13年目で、へんに世の中を知った状態で、障害者の世界に入ったから、どうしても障害者たちの世間知らずぶりには、辟易させられる。
疎外感があると言ってもいい。
彼らは彼らで、完結しているんだよね。
わたしがそばで見ていて、あーもう嫌だって言っている感じ。

自分がわがままを言っているだけかな、と思いつくのだが、たとえば、ブラック企業に勤めるのと、障害者の作業所で最低賃金で、大人の会話が通じない障害者たちの中で軽作業するのと、どっちを選ぶ人が多いんだろうな?
もしどっちもどっちだったら、わたしはブラック企業で、「こんな仕事は嫌だ」と言っている人と同じだ。
精神医療福祉関係者は簡単に、デイケア・作業所へ行けって言うけれど、結構キツイ要求をしていることに気づいていないよ。
ーー困ったことに、こんなことを一緒にぼやいてくれる精神障害者もいないんだから、わたしってほんとうに不運だなと思う。

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