ユニバーサルデザイン 考


一つのことに凝ると、ずーっとそれをやっているわたしは、昨日も一日中、放送大学を見ていた。
昨日は、障害者に関することもやっていた。
おっ? と思いつつ、まー通り一返倒のことだろうなと思ったら、そうでもなかったのである。

まずわたしは、ユニバーサルデザイン(UD)という概念があるのを知った。
それは、健常者や障害者や高齢者や性別などに関わらず、より大多数の人が使えるように、建築物・サービス・通信・モノなどを変える、という構想だった。
すでに、バリアフリーなんかがそれだよね。
でも、それをもっと広げていこうという考えである。

わたしは素直に、へーっ、それっていい考えじゃんと思った。
実はUDは、すでに世界各国で法整備されており、企業などで従わないと、罰金が科せられる国もあるようだ。
でも日本は予想通り、署名批准したにも関わらず、いまだ着手していないばかりか、この条約をこっそり意訳しているらしい。
この件につき、議論し合っていた講師の先生は、大げさな笑みを浮かべ、「どうしてなんでしょうね?」と堂々と政府を皮肉っていた。
放送大学、やっぱりスカッとするわー。

そして、もっと素晴らしいと思ったのが、「障害者は、環境によって作られている」という概念だ。
例えば駅で、エレベーターが動かないとき、健常者なら代わりに階段を使うことができる。
しかしもし、これが超高層ビルのエレベーターだったら?
その場合、健常者も昇降不能となり、駅で昇降できない障害者と同じになってしまう(100階を階段で昇る猛者もいると思うけど)。
つまり、環境によっては、健常者も障害者になるし、障害者も健常者になるといえるということだ。

まーわたしは、孤独がつきものの精神障害者なので、これにUDを当てはめると、たとえば公園のベンチを、電車の席みたいに長くしたら、座りやすいし、孤立感がなくなって、よりリラックスできると思うんだけどな。
椅子が増えると、4人に1人の高齢者にとっても、 助かる話だしね。
たぶん2人用のベンチばっかりあるより、6~8人用のベンチがある方が、大勢で話せるし、知り合いとか出来やすいような気がするんだよね。

そんなことで、いつも暗い過去をくよくよ悩んで悩んでいるわたしだが、明るい未来を見てみると、まあ悪い気がしないでもない。
放送大学ばかり褒めちぎっているけれど、たぶん放送大学でなくてもよくて、とにかく何か別のものを、自分の中に取り込むということが、いまのわたしに必要なのだろう。
家にばかりこもっていてはいけない。
何か工夫をしながら生きなければと思う。

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由巳ゆみ.

Author:由巳ゆみ.

2000年うつ病と診断される。
2010年躁うつ病と診断される。
現在は精神障害者として一人闘病生活を送っている。
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