LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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やり過ぎ介護

taolu

昨日の朝は、7時に叩き起こされた。
「お父さんが、トイレやって。手伝って!」
わたしは、半分目を閉じた状態で、とにかく父の部屋へ行った。

そこには、いまにも父を抱えようとしている母がいた。
二人がかりで、父の両脇を支えようというのか・・・。
わたしは、「ちゃう。それは、腰を持つねん」と言って、パジャマの腰の部分を掴み、父の片手を握ってトイレへ連れて行った。
これが、ふつうの介助の仕方である。

「あら・・・。力、要らんねんなあ?」
「要らん」
「ゆきさん(妹)は昨日、両脇を抱えて連れて行ったんやで」
「・・・・・・(首フルフル)」

父はベッドに戻ってから、安心したように「ありがと」と言った。
父はもう、自力で立ち上がりも歩行もできない。
だから、トイレの問題は切実なのである。
よく言われるように、トイレは最後まで自立するのが、本人の尊厳を守るためにも望ましい。

今日は、父はなんだか具合がよくて、「牛乳持ってきて」「みかん食べる」などと、積極的な動きが見られたが、そのとき、体勢を何回か変えなければならなくて、どうも不自由そうだったので、わたしはベッドの柵に、タオルを縛りつけた。
これも常套手段だが、このタオルを掴んで引っ張ることで、起き上がれない人が起き上がれるようになるのである。
父も、「ああ、それな」と言って、その取っ手をつくると「うん、大丈夫や」と引っ張って確認した。
わたしは、少しでも父が、自分でやれることが増えていくようにしなければな、と思った。

しかし、母は逆なのである。
全部、患者ができないことは、自分がしなければならないと思っている。
これには父も、「お母さん、バタバタしてうるさい」と言っている。
病人が頼みもしないのに、「これしようか?」「あれはどうや?」とたびたび覗くので、たぶんプライバシーの上でも、落ち着かない状態になっているんだと思う。

母は父がガンだと知ったとき、わたしに「介護なんか、簡単なもんやないねんで! シモの世話もせなあかんし、ほんまに大変なんやから!!」と、わたしを脅したのだが、それは、こんなふうに身のお世話をして、父の身体を両脇で支えるという前提だったのだろうか。
それで、自分の介護のことも、わたしに「あんたに介護なんかできへんわ!」って言ってたのかな?
わたしが、理学療法士の学校に行っていたことを忘れていたのか。
母はなんだか、どこからか聞いてきた話か、古い話をしているような感じがするな。
介護については、あんまり鵜呑みにしない方がいいかもしれないな。

そういうことで、母のやり過ぎ行動にうんざりしている父を、少しでも守ってあげなければと思うのである。
といっても、父も母に怒っているようなので、母がそれをわたしに愚痴ってきたときに戒めているだけだけど。
こういうのは、動けなくなっている患者だからこそ、その人の意思を尊重しないとね。
なぜ本人が怒っているのか、患者本人の身になって考えてみることが、大事だと思うんだよね。

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