父のスライム化


昨日、実家に妹が帰ってきたので、わたしはマンションに逃げてきた。
父の看病があったが、母は2日ぐらいいてもいいと言ってくれたので、どうしようかと考えているうち、次第に喉の奥がつかえてきて、わたしはゲエゲエとえずき始めた。
死に際の父の、醜いまでの生への執念を思い出すと、止まらないのである。

ほんとうは、わたしは二度と父の元へ帰りたくないのだと分かったので、私は実家へ電話を入れて、震える声で「吐き気がするねん」と言った。
母はちょっととまどったが、「あらそう。じゃあ、しばらくそっちにいるといいわ」と言った。
それから、Hクリニックへ電話するように言われたので、その通りにした。

H先生に状況を伝えると、「心因性嘔吐ナントカやろ」と言われた。
「どうしたらいいでしょう? 父が死にたくないってギャーギャー見苦しすぎて、まいるんです」
「そらまあ、看取ってあげたいんやったら、家にいたらいいし、しんどいんやったら接する機会を減らしたらいいんちゃーう」

わたしは当たり前のことを言われたなと思ったが、同時に、ドクターによるこうした意見、つまりアリバイが欲しかったのだと理解した。
あとあと、あのとき、頑張って看護すればよかったと悔やまないためにも、無駄だと思える段取りもたぶん必要なのだ。

このことを母に折り返し電話して、わたしは今後おもに、買い物を実家に届ける役をすることにした。
実は、それでもまだ恐怖感がある。
父の命を乞う呪いの声が、家じゅういつでも聞こえるからだ。
この人はもう、わたしの親であることを捨てている。
死という大きな恐怖のあまり、すべてがドロドロに溶けて、欲望のままに叫んでいるスライムと化したのだ。

わたしは、温厚でおっとりした父のこと思い出した。
なにも考えてないようで、じつは物事を鋭く見抜いている人だった。
わたしはあんまり自覚がなかったけれど、母によると、わたしたち姉妹を、とてもかわいがってくれたらしい。
もうあの父はいないんだな。
お別れはもう、済んでしまったのだ。

H先生に、「いまわめいているんだったら、まだ死なないですよね」と質問をしたら、「まあそうですね」と答えたので、「げー!」とわたしは叫んでしまった。
なんてことを言うんだという感じだが、半分本気である。
毎日、今日が死刑執行の日かと待っていれば、誰だって頭がおかしくなる。
もう早く、幕を下ろしてあげてと、わたしは辛い気持ちで思う。

プロフィール

由巳ゆみ.

Author:由巳ゆみ.

2000年うつ病と診断される。
2010年躁うつ病と診断される。
現在は精神障害者として一人闘病生活を送っている。
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